⑩死者の行進
「バルデックさん………でしたか」
額から汗が一筋流れる。フォースィは傍にいた騎士に声をかけた。
「彼らの話が本当なら、東門はまだ空いているという事になります」
「………そうですね」
目の前であり得ない光景が起きている。
中央広場で倒れている人間が次々と起き上がった。手や首がない男、籠を持ったままあり得ない方向に首が曲がっている女、ぬいぐるみを抱きかかえる隙間から見える胸に穴を開けた少女、血まみれの騎士や、剣を持った冒険者の死骸までもが立ち上がり、体を揺らしている。
恐怖以外の何物ではない。フォースィの周りにいる冒険者や騎士達は言葉を失い、体を震わせ、自分の意思で逃げる事も戦う事も出来なかった。
フォースィは魔導杖を強く握りしめながら、一歩前に出るや声を強める。
「隙を見て、生き残った人達と共に東門へ向かって下さい」
「馬鹿なっ! あなたはどうするんですか!?」
街を捨てて逃げる。それは騎士として恥ずべき事だとバルデックが叫んだ。
「小さな子どもを一人残したのです。私はここに残らなければなりません」
それより、この事実をデル達に伝える事こそ重要だと、彼女はバルデックに反論を許さない。
騎士達も動揺し、彼の表情を伺っている。その彼は口を小さく開けたままだったが、やがて静かに閉じて全てを飲み込むように天を仰ぐと、ゆっくりと溜息を一つだけ吐いてみせた。
「………必ず生きて帰ってください」
「当然よ。まだまだ長生きしたいもの」
バルデックは一瞬目を瞑ると、他の騎士達に東門を抜けて脱出する旨を伝えた。当然、彼と同じ事を叫び動揺する者がいたが、バルデックは淡々と自らの想いを伝え、それらを押さえつける。
「………俺達もここに残りますよ」
剣を持った冒険者の一人がフォースィの横に立った。彼が周囲にいる同業者に目を向けると、全員が様々な表情のまま小さく頷く。
「あら、本当に良いの? ここに残ったら死ぬのよ?」
フォースィが冷たい目で脅す。
「だが、あなたは生きて帰るんですよね? だったらあなたの近くにいた方が長く生き残れそうだ」
冒険者は自嘲気味に笑い返した。
「なら好きにしなさい」
フォースィも目で笑って返す。
「さぁ、遺言の共有は終わったかい?」
律儀に待っていてあげたと、ビフロンスは大きく欠伸をし、終えると両手を広げた。
中央広場に現れた不死者は二百以上。住民、騎士、冒険者、あらゆる老若男女の人間が虚ろに立っていた。
「ムルムスの能力は死者を呼び出す事。でもそれだけじゃぁ、今の様にただの案山子なんだ」
だから、とビフロンスは両手に黒い靄を発生させる。
するとその瞬間、何かに気付いたかのように、不死者達が一斉にフォースィ達に顔を向けた。
「僕の力で死者を操る。これが僕達の能力『ネクロマンス』さ」
「………あら、そんなに喋っていいのかしら? つまり、あなた達のどちらかを倒してしまえば、解決してしまうと分かってしまったのよ?」
フォースィが魔導杖を一回転させ、杖の先端をビフロンスへと向ける。
「あはは。構わないよ。そうやって同じ事を言って実現できた奴はいなかったんだから………でも、やっぱり魔王様はすごいね。この技をたった一人で、しかも数千人規模で出来るんだもん」
僕達には無理だと言うと、ムルムスが三度頷いた。




