⑨立ちはだかる悪魔
南門の主力部隊を迎撃し、その混乱に乗じて街を脱出する計画は完全に崩れた。
残る手は中央広場の住民を西門へと逃がす間、騎士団と冒険者で殿を務め、東門へと蛮族を誘導しながら脱出、最終的にデル達の先発隊と合流するしかない。フォースィは生き残った冒険者とバルデック達騎士団と共に、中央広場へと向かった。
だが、到着した彼女達を迎えたのは、脱出の準備を終えた住民や騎士達ではなかった。
全員が言葉を失っていた。
広場の石畳は全て赤く塗り替えられ、噴水の青は赤く染まっていた。フォースィ達の足はみるみる遅くなり、ついに中央広場の入口で呆然と立ちつくしていた。
「フォースィさん、あれは何ですか?」
震える手でバルデックが、噴水や教会の近くで立っている数人の人影を指さす。一見すれば人だが、その動きはまるで目的もなく彷徨う様にゆったりと、怪我をしたかの様に足を引きずっている。それが一人だけでなく、何体もが同じ行動を繰り返していた。
「見るのは初めてかい? あれはね不死者………ゾンビというんだ」
声は上から聞こえてきた。
フォースィ達が一斉に見上げると、建物の屋根に紫色の皮膚をもつ何かが座っていた。子どもの様に低い背に声、血の様に赤深い目、翼と細い尻尾、額に1本の角をもつ。人ではない何か。それが、フォースィ達を見下ろしながら、無邪気に笑っている。
「………悪魔」
冒険者の一人が小さく呟いた。
人間の知識において、屋根の上の存在を例える時、その表現しかなかった。
「初めまして、蛮族の人間達。僕の名前はビフロンス。栄えある魔王軍77柱の一柱を任されている」
初めて聞く言葉の連続に、冒険者や騎士達が動揺する。
そこに大きな影がフォースィ達の頭上を横切り、ビフロンスが立つ建物の前に、大きな鷲の頭と翼をもつ四足動物が降り立った。
「おかえり、ムルムス」
見た事もない、形容しがたい異形な動物にまたがる灰色の甲冑に身を包んだ騎士が、何も言葉を発さずに小さく頷く。
ビフロンスは彼が無口だと笑って説明し、代わりに彼の言葉を冒険者達に伝える。
「どうやら西門と北門に逃げた人間達は全滅したみたい。そうそう、君のように黒銀の甲冑の騎士の中に指揮していた人間がいたらしくて、そいつは中々強かったってさ」
「………エーベルンさんが?」
ビフロンスに指を向けられたバルデックが拳を強く握り締め、歯を食いしばる。
「僕達に認められる強さを持つんだ、凄い事だよ? 蛮族の中にも強い奴がいるって聞いていたけど、本当だったね」
少年の言葉に、ムルムスが再び小さく頷く。
翼を羽ばたかせると、ビフロンスが中央広場の噴水の前、ムルムスの傍に着地する。
「さて、正規軍を使ってみたけど予想以上に時間をかけてしまった。これ以上は、シドリー様に怒られてしまう」
右手を上げるビフロンス。それに合わせてムルムスは自身の身長に近い長剣を腰から抜き放ち、地面へと突き刺した。




