⑦ゲンテ防衛戦 -魔王軍の脅威-
フォースィは後方の冒険者や騎士達と共に、魔力を節約しながら屋根上のゴブリン達を排除する。その上で、前衛の仲間と敵の動きを交互に確認し続けていた。
故に、誰よりも早く違和感に気付く。
「脆すぎるわ………」
上空からの強襲、人間が対応しづらい朝方の決行、四方を包囲し屋根上から狙撃する計画的な襲撃。これまで用意周到な蛮族達が、冒険者の正面からの攻撃で後退を始めた。前衛の冒険者達は、正面と戦うゴブリン達に注意が向いており、後衛との距離が離れていく事に誰も気付いていない。
このままではこちらも連携が取れなくなる。フォースィは決断した。
「後衛も前衛に合わせて移動するわよ!」
不安を拭えないまま、右手を振り上げて後衛の魔法使いや弓兵達に声をかける。
その時、太陽の光を塞ぐ何かがフォースィの背後、弓を持った冒険者の真上へと落ちてきた。
「オーク………!?」
振り返る彼女の目が、地面から吹き出す赤い液体と共に現れた巨大な鉄塊を視界に収める。それを皮切りに、分厚い鉄の全身鎧を着た猪型の亜人が次々と空から降ってきた。重量級の彼らは、一匹につき複数のバードマンによって運搬され、数こそ多くはないものの、無傷の状態で前衛と後衛の分断に成功させた。
鉄兜を被ったオーク達は左手に鉄の盾、右手に巨大な戦斧を掲げながら空に向かって吠える。
そして目の前の人間に対して斧を振り下ろした。
「何て大胆なっ!」
呆気にとられ、我に返るのが遅い魔法使いや弓兵達が優先して潰し切られ、縦に裂かれていく。フォースィは即座に後方へと飛び、体を捻りながら自分の肩幅より広い戦斧を避ける。戦斧は体に触れていないにもかかわらず、彼女の魔法障壁を二枚ほど打ち砕いた。
前衛でも大きな音と共に声が上がっていた。
フォースィが振り返ると、開かれた南門から建物の屋根に届きそうな緑色の巨体が姿を現した。
「ここで、トロールの投入………随分と、やってくれるわね」
かつて洞窟の中で戦ったトロールよりも一回り大きいだけでなく、鋼の胸当てや肩当てを身に纏い、さらに大通りを横断するかのような大剣を肩に担いでいる。それが三体も大通りに入ってくると、今まで後退していたゴブリン達が一斉に左右に広がり、主力に道を空ける。
「このままだと完全に挟まれるわ! さっさと撤退の指示を出しなさい!」
重装オークの一撃を躱し、フォースィが周囲に声をかけ続ける。だが後衛を守る騎士達の攻撃は分厚いオークの装甲に阻まれ、突破どころか時間稼ぎも出来ていない。既に多くの魔法使いや弓兵達が重装オークに一人ずつ潰され、必死に逃げ回ってもゴブリンの矢によって射抜かれ続け、最早後衛としてのまとまりを失っていた。
そして前衛ではトロール達が大きな一歩を踏み続け、接近して来る。
「撤退! 撤退だ!」
指示役として前衛にいた上級冒険者の声が響く。トロール達は冒険者を小石の様に蹴り上げ、蟻の様に踏みつけ、持っている大剣を左右に振りながら家の壁に染みを増やしてく。ついには指示役の上級冒険者も宙を舞い、トロールの剣の腹によって地面に潰された。
「これが、魔王軍の力………」
何もかも見た事がない。種族に合わせた武器を持ち、防具を纏い、さらに集団で組織的に動く蛮族が、これ程までに脅威だと誰が想像できただろうか。フォースィは、カデリア王国がたった一ヶ月で亡んだ理由を理屈ではなく、肌身をもって確信した。




