②挟撃
ゴブリンに羽が生えた訳でも、空を飛ぶ魔法を会得した訳でもない。ゴブリン達は翼をもつ亜人に運ばれ、次々と屋根の上へと降り立つ。そして小さな手を振ると、一斉に屋根の上から弓を構え、南の大通りを走る住民達を狙い始めた。
「イリーナ、こっちへ」
フォースィとイリーナが咄嗟に屋根の下へと身を隠す。その瞬間、大通りを挟む左右の屋根から矢が放たれ、大通りを走っていた十数人の住民や朝市の商人達が老若男女関係なく一斉に倒れた。
フォースィも首を左にずらし、飛んできた矢を背後の壁に委ねる。
中央にある教会の鐘が延々と鳴り続けている。四方からは笛の音が何度も吹かれ、住民達の悲鳴が街中に響き渡った。
屋根に乗っているゴブリン達はまるで鴨打ちのように、大通りにいる住民達を次々と射抜いていく。足の遅い老人は真っ先に狙われ、それを助けようと近付いた男性をさらに狙い撃つ。何事かと窓を開けた女性は胸を射抜かれ、窓の下に落下する。
人の周りに人が倒れ、それが住民達の逃道を狭くさせていく。
「これでは、大通りは使えないわね」
既に大通りの左右を蛮族に占拠されている。他の道として、冒険者ギルドがある中央広場までは、裏道を抜けるしかない。道に不慣れでも止むを得ないと覚悟を決めたフォースィは、イリーナの肩に手を置くと来た道を引き返した。
蛮族達の行動に危機感をもっていたフォースィですら、彼らの行動はそれを遥かに超えていた。ゴブリンが翼をもつ亜人の力を借りて空から街に入り込み、さらに左右の屋根から効果的に弓を放ってくると誰が想像できただろうか。
方角から、中央に繋がると予測して裏道を進むフォースィ達の頭上を、翼をもつ亜人が次々と越えていく。屋の届かない上空にいた彼らは、急降下してゴブリンを屋根の上に降ろすと、屋根を蹴ってすぐさま上昇し、再び安全な空へと引き返していった。
「お師匠様! ゴブリンが来ます!」
ついに路地裏にもゴブリンが入り込む。正面に現れた二匹のゴブリンは革鎧や盾を身に纏い、大小の剣を腰に下げていた。
そして迷わず小剣を抜く。
「私が前に出ます!」
イリーナは近くに放置されていた手ごろな角材を走りざまに掴むとさらに先行し、路地裏同士が交わる前で待ち受けているゴブリン達に向かった。
「止まりなさい! イリーナ」
直感的にフォースィが叫び、イリーナは踵に力を込めて急停止する。
瞬間、左右の路地から矢が何本も通過する。矢は互いに交換するようにイリーナの目の前を通り過ぎ、汚い悲鳴が左右から聞こえた。
待ち伏せ。
それに失敗し、正面で構えていたゴブリンが激しく動揺する。勘だけで叫んだフォースィだったが、上を見上げると一匹のゴブリンが指を方々へと向けながら何かを叫んでいる。
「屋根の上から指示を?」
馬鹿の一つ覚えの様に武器を振り回すはずの蛮族が、屋根の上から指示を出し、待ち伏せを図った。もはや蛮族の取る思考や行動ではない。




