①襲撃
翌朝。
民家の屋根から聞こえてくる小鳥の囀り、大通りをゆっくりと進む荷馬車の車輪と石畳が当たる音、朝市で賑わう人々の声が混ざり合い、時間と共に日差しの暖かさとまだかすかに残る空気の冷たさが逆転していく。
別に珍しい光景でもない。どこの街でも見られる何気ない日常。
だが、そんな日常が壊れる時は常に予告なく、そしていつも一瞬であった。
「………何の音?」
起き上がったフォースィは胸騒ぎと共に、周囲を見渡す。
気が付けばイリーナがの姿が見当たらない。
獣並みの感性をもつイリーナが自分から離れて動く時は、大抵良くない何かが起きている。フォースィは古書を革鞄にしまうと静かに立ち上がり、身の回りの支度を始めた。
間髪いれず、イリーナが慌てて教会に戻ってくる。
「お師匠様!」
「イリーナ、説明を」
フォースィは祭壇に掛けられていた魔導杖を掴む。
「はい。どうやら南門の城壁に少数の蛮族が取り付いたようです」
「街の人達は?」
フォースィの言葉に合わせるように、複数の方角から複数の笛の音が聞こえてくる。
「今、気付きました」
だが笛の音だけでは、住民や騎士達は事情を理解できない。これだけの規模の住民達が事情を知れば大混乱に陥るのは目に見えていた。
フォースィは顎に手を当て、自分達の取るべき行動を選択肢として捉え始める。蛮族の規模、狙い、住民の避難、王国騎士団の動向。不確定な情報が余りにも多すぎた。
「まずは、ギルドへ向かいましょう」
とにかく戦える者達と行動を共にする。デルの言葉通りに騎士団の屯所に向かうという手もあったが、彼がどこまで二人の事情を伝えているか分からない以上、状況によっては身動きが取れなくなる場合もある。フォースィはそう結論に至った。
長距離用の大きな荷物は置いていく。イリーナはフォースィの指示で大きな荷物を竈のある部屋の隅に置き、瓦礫を使ってある程度見えないように工夫する。
二人が大通りに近付く度に笛の音は高く、大きくなっていく。
しかも笛の音は最初に聞こえてきた南からだけではなく、あらゆる方向から聞こえてきており、あまりの異常さに、流石の住民達も窓から体を出して辺りを見回していた。
「一体門にいる騎士達は何をしていたの?」
いくら辺境とはいえ、四方を民家よりも高い石壁で覆われ、頑丈な門も設置されている。だが門が壊された音も鳴らず、金属同士がぶつかる戦いの声も聞こえてこない。それでも、街の中に蛮族が何匹も入り込んでいる。一体どんな手を使っているのかと、フォースィは口を堅く閉じ、急ぎ足で大通りを進んでいく。
そして南の大通りに達する直前、ついに住民に避難を伝える連続した鐘の音が鳴り響いた。まだ朝ともいえる時間だが、さすがの住民達も次々と窓を開け、さらにはドアを開けて何が起きたのかを確認しようとしている。
真っ先に音が鳴った南の大通りでは、事態の深刻さに気付いた住民が我先にと街の中央へと走って行った。中にはベットから起きたままの姿も見られ、皆一様に南を何度も振り返っている。
ふとフォースィの真上が一瞬暗くなった。
そして見上げる。
「………成程、そうきたのね」
フォースィは険しい顔になり、全てを理解した。
ゴブリンが空から降ってきている。




