⑦今日と明日の分水嶺
しばらくすると、イリーナが戻ってきた。
「お師匠様。デルさんが、お帰りになられました」
「ご苦労様。何か変わったことはなかった?」
フォースィは作法を恐れる事なく主祭壇に寄りかかると、軽く右手を振る。
「近くに野生の狼が群れていたので、追い払っておきました」
静かな笑顔で答えるイリーナ。その彼女の手にフォースィが視線を送るが、いつもの幼い手と色だった。
「………そう。お疲れ様」
フォースィはそれ以上何も言わない事にする。
「私達は、王国騎士団に力を貸す事になりそうよ。良かったわね。明日から彼らの用意する部屋と食事で休めるわ」
王国騎士団に貸しを作っておけば、王宮の人間と繋がれる可能性がある。そしていずれは、勇者一行の祖先とされるバージル宰相と会う機会が得られるかもしれない。フォースィは、依頼を終えた二手、三手先の事を考え始めていた。
「そういう訳だから、今夜の内に荷物をまとめておきなさい」
「分かりました。お師匠様!」
どこまで理解しているのか分からないが、イリーナは元気良く返事をすると、自分の背嚢に向かい、周辺に置かれていた荷物を手際よく詰め込んでいく。
「さて………鬼が出るか蛇が出るか」
デル達が騎士団の一部をつれて先発し、その残った者達の支援を引き受ける。報酬は、王国騎士団が用意した水や食料を含めた物資の譲渡。そして、幾らかの謝礼金。
少しは、水増ししても罰は当たるまいとフォースィは内心で微笑み、鞄から古書を取り出すといつものように睡眠前の読書に時間を使い始めた。




