④食料の買い占め騒動
翌朝。
昨夜の寝床のせいで埃まみれになった体を洗う為、フォースィとイリーナは大通りにある大衆浴場を利用した。利用した浴場の隣店舗では洗濯を商売とする魔法使いが珍しくおり、フォースィは赤い修道服の洗濯を依頼した。
今は店で用意された仮の服を着て過ごし、午後に受け取りをする手はずになっている。
「お師匠様は何を着ても似合いますね」
「………そんなこと言っても、おやつは出ませんよ。イリーナ」
使い古されているが、しわのない長い深緑のスカートに薄茶のベスト。街の娘としては地味な組み合わせだが、背の高いフォースィが着ると、それなりに様になっている。彼女自身は気にしないよう振る舞っているが、通り過ぎる男性の何人かは確実に振り返っていた。
このまま店で昼食を迎えると、面倒な事になりかねない。フォースィは大通りを歩きながら、材料だけを揃え、後は自分達で調理してしまおうと考えた。
だが、大通りを歩く人通りの少なさに違和感を感じ始める。昼と呼ぶには早い時間とはいえ、この時間ならば冒険者や商人、混み合う前に用事を済まそうとする街の主婦達が、買い物に励んでいても良いはずであった。
「お師匠様、見てください! 干し肉がめちゃめちゃ高いです!」
いつの間にかイリーナが露天商の前で騒いでいる。
フォースィは額に手を置き、イリーナの襟首を掴む。
「失礼な事を言ってはいけませんよ。イリーナ」
申し訳ないと露天商の男性に声をかけた。
そして視線を下ろして干し肉の値札をこっそり視界に収めると、その動きが止まる。
―――高い。
干し肉は冒険者のみならず、商人達も含めた旅の必需品である。保存期間も長く、携帯食の中では味も悪くない。肉の種類も地元によって異なり、家庭でも幾らか自作して置いてあるほどである。
それだけに需要と供給には反応しやすく、干し肉の相場は商人達にとって一番敏感でなければならない商品の一つであった。
その相場が倍に膨れている。
決して買えない値段ではないが見送る額であり、まともな商人であれば、そもそもその値をつける事はない。
「失礼ですが、物流に何かあったのかしら?」
尋ねる分には大丈夫だろう。フォースィは露天商の男に理由を尋ねた。
「実は昨日からここの領主様が良い値で大量に買い取ってくれてね。見た感じ、大通りに人は少ないが、商人の多くの財布は膨らんでいるはずさ。何でも冬の不作に備えた措置だとか………とにかく持っていけば売れるんだ、こんな楽な商売はそうそうないよ」
街の住民は領主を通じて通常の相場で買う事ができ、見た目ほど物流そのものに影響はないと男が説明する。干し肉の買い占めは、あくまでも短期的な緊急措置として、住民達にも周知されていた。
「まぁ、困るのは何も知らずに来た旅人くらいだろうさ」
フォースィを市井を知らない街娘と勘違いしているのか、露天商の男は今にも生まれてから今までの思い出を語り始めるように口が回っている。彼女は適当に相槌を入れながら、適当な理由をつけてその場を離れることにした。
「王国騎士団ではなくて、領主が買い取っているのね………」
ここに向かっている騎士団の為に、駐留している騎士達が買い漁っているならば筋は通るが、冬の食料確保とはいえ、領主が躍起になって街の商人から直接買い付けている理由が分からない。だが、確かな事は、食材を買って調理する計画はご破算となったという事だ。
「………仕方ないわね。昼食は外で済ませましょう」
「お師匠様! それなら大通りから一つ外れた小道に、おいしいとの噂のパン屋があります!」
一体、いつ情報を仕入れてくるのか。フォースィはイリーナの顔を見てから鼻で溜息をつき、その店へと向かった。




