③一杯のスープ
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「お師匠様。起きてください」
イリーナに肩を揺らされ、フォースィは目を開ける。
「お師匠様。ご飯ができました!」
「………ええ、ありがとう。いただくわ」
冷めきれていない目のまま、イリーナからスープの入った椀を受け取った。
肉と芋が入ったスープから上がる湯気が顔を撫で、少しずつ意識がはっきりとしてきた。フォースィは周囲を一瞥してから足元を見ると、古書が落ちていた。
片手で本を拾い、静かに鞄の中へとしまう。そしてイリーナから木のスプーンを受け取ると、スープをすくい口に運ぶ。味付けは少しの塩だけだが、干し肉の旨味や芋の切れ端がスープの中に溶け込んでおり、良い塩梅をつくっていた。
「ど………どうですか?」
イリーナがスープを飲んでいる師の様子をじっと見つめている。フォースィは一旦お椀を顔から遠ざけると彼女の顔を見た。
「肉だけじゃなく、きちんと芋が入っていたわね。味も悪くないわ」
「お師匠様、ありがとうございます!」
欲しかった言葉を貰え、イリーナは飛び跳ねながら竈のあった部屋へと戻っていく。
「今度はパンの焼き方でも教えようかしら」
イリーナの背中を見ながらフォースィが小さく笑う。
それにしても懐かしい夢を見たと、彼女は開けた天井を見上げた。スープの湯気は頭の上で消えてしまうが、天井から見える夜空は雲一つない。様々な光を出し続ける星々、彼らもどこかでこの星を見上げているのだろうか。
フォースィは夢の続きを記憶の引き出しから取り出した。
あの時放った魔法の一撃は、トロールの体を貫く事に成功した。だが、呪いによる魔力の放出が予想よりも激しかった為、いつもよりも大きな苦痛が襲い掛かったフォースィは、意識を朦朧とさせ倒れてしまった。
そこに、偶然洞窟内を探索していた二人の冒険者に救われる。フォースィは混濁する意識の中、彼らに隠し扉の存在を伝え、何とか目的地である集落へと着く事が叶った。
目が覚めた時、二人の冒険者の一人がタイサだったと分かった時は随分と驚き、そして安心している自分がいた事を思い出す。
「しかも、幼い王女様もあの集落にいたのだから………これを運命と言うのかしらね」
フォースィは椀の底に残った最後の芋の欠片を吸い込むように口の中に入れると、もう少しイリーナの料理を食べてあげようと、竈のある部屋へと向かった。
「イリーナ、もう一杯入れてもらってもいいかしら?」
「お………ぶほっ」
部屋を覗いたフォースィは床に座って食べていたイリーナと目が合い、彼女は口に含んでいた肉を噴き出した。床に噴き出した物はスープに入っていた肉の欠片と異なり、干し肉そのものであった。
「お、おおおお、お師匠様!」
イリーナが何か言おうとするも、肉が入った口が開け閉めされるだけで、最初の一言目が全く出て来ない。
フォースィはそのまま何も言わずに竈の上にある鍋に向かい、自分でスープを椀の中に入れた。
そして立ち去り際に足を止める。
「明日のおやつは抜きね」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
イリーナは床に倒れこみ、あんまりだと床を叩きながら泣き始めた。




