洞窟での攻防
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このままでは全滅する。
神官服の少女は、オークよりもさらに二回り大きな緑色トロールに、二人目の仲間が殴り殺される姿を見てそう確信した。昨日までナイフ投げの一芸で周囲を盛り上げていた彼は、人の顔よりも大きな拳で頬を殴られ、仰向けのまま地面に沈んでいる。
「フォースィ! 君は下がれ!」
今回の依頼でパーティの指揮を執っていた片手剣の戦士が、もう一匹のトロールに剣を向けながら後方へ動くように叫ぶ。
フォースィは後方に軽く跳び下がると、代わりに軽装の女戦士が前に飛び出て、トロールの放つ拳を鉄の小盾で反らした。
「隊長! 残っているのは我々三人だけです! 一旦退却しましょう!」
女戦士は腰に下げていた小さなナイフを指の間に数本挟み、同時にトロールへと放つ。多くは相手の分厚い肉壁に小さな傷を付けて地面へと落下しただけだったが、最後の一本が左目に刺さり、トロールはのけ反るように顔を押さえながら、大声で叫んだ。
「駄目だ! ここを引いても後がない。何としてもここで倒すしかない!」
戦士を装う二人の正体は王国騎士団の騎士である。冒険者として名前と身を隠してきた彼らは、王宮からの密命を帯び、ある物をある集落に運ぶ任務を請け負っていた。
王都を出る時には十人いた仲間も、異常な程に遭遇してきた蛮族との戦闘により、既に三人までその数を減らしている。それでも蛮族の数を分散させようと、ゲンテの街にあるギルドに複数の冒険者を洞窟に調査させるよう依頼してきたが、余り効果は見られなかったようだ。
隊長と呼ばれた戦士が、剣を振り下ろしてトロールの腕を狙う。
だが人間の細腕ではトロールの丸太の様な腕は切り落とせなかった。彼の一撃は、鈍ら包丁がまな板を切るように、分厚い筋肉で止められた。
「しまっ………」
隊長の言葉が途切れる。
トロールは腕に剣が食い込んだまま、もう一方の肩を突き出すと全身を一個の巨岩として体当たりを隊長を壁に叩きつけた。彼はそのまま指で弾いた小石のように体を浮かして壁へと飛ばされ、そのまま洞窟の岩壁へとずり落ちていった。。
「隊長ぉぉっ!」
軽戦士に装っている女騎士の声が洞窟内で響き渡る。
「回復に向かうわ」
フォースィが壁を擦りながら体を傾けていく隊長に小走りで近付く。壁はまるで果物を投げつけたかのように色が変わっており、彼の顔色もあっという間に土色へと変わっていった。




