⑫校長のマドリー
フォースィが近付くと、青年達が掌を見せて止まるように声をかけてくる。
彼女は神父から預かった手紙を見せ、『お務め』の一環で講師を依頼された事、訓練学校の校長と会う約束があると説明した。
「話は伺っています」
すんなりと青年が笑顔で道をあける。
「校長室は正面の本館の奥にあります。詳しくは館内の掲示板をご覧ください」
同じ服装から二人はこの学校の学生なのだろう。彼らは体格もしっかりとしており、戦士肌な雰囲気を出しているが、言葉遣いは丁寧で好青年の印象を持つ。これも教育の一環だと思うと、この学校が街に与える影響は決して小さくない。
フォースィは青年達の対応に小さく感謝すると、石畳の上を歩きながら目の間にある大きな建物を目指した。
彼らが本館と呼んでいた建物は、貴族の迎賓館に負けず劣らずの大きさと気品さを生み出している。中に入ると、中央のホールが三階まで吹き抜けとなっており、赤絨毯が敷かれた立派な階段が中央から左右へと分かれるように伸びていた。
授業中なのか学生達の姿はなく、当番制か先程の青年と同じ服装をした若者達が掃除をしている程度であった。
「もはやちょっとした王宮ね」
彼らと会釈を繰り返しながら、案内板の前で足を止める。右半分は学務課からの連絡や、何かの募集の紙が貼られ、もう半分をこの館内と施設の見取り図が占めていた。
校長室は一階。本館奥の教官室のさらに奥にある。
歩く事、さらに五分。
長くも直線的で迷う事のない先に、校長室と書かれた部屋の前に到着する。そしてフォースィが扉を二度叩くと、中から落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
『どうぞ。鍵は開いていてよ』
許可を受けて扉を開けると、部屋の奥では一人の中年女性が机の前で指を組んで待っていた。
「お待ちしていたわ。フォースィさん」
肩を少し超える長さの白髪の中に残っている僅かな黒髪。校長と呼ぶには質素で単色な服装だが、貴族程に洒落ていない姿が女性の人当たりの良さと落ち着いた姿勢を高めている。部屋も骨董品や調度品の類は少なく、むしろ館長のゴリュドーの方が華美だったと思えてくる。
女性が立ち上がる。
「初めまして。私が国立訓練学校の校長を務めている、マドリーです。さぁ、そんな所に立っていないで中にお入りなさいな」
どんな表情をしていいか分からないフォースィを前に、マドリー校長が満面の意味で二人を部屋の中へと招き入れた。
「焼き菓子はお好きかしら?」
「焼き菓子!?」
イリーナの目が途端に光る。マドリーはイリーナを先にソファーへと座らせると、テーブルの上に置いてあった焼き菓子を好きなだけ食べて良いと声をかける。
「さぁ、あなたも」
「………は、はい。失礼します」
校長というより、近所にいるような人の良い老婆である。生きた年だけならば、フォースィの方が上だったが、初対面の人相手にあそこまで優しく振る舞う事が、彼女にはできない。
止む無くフォースィはイリーナの隣に座る。イリーナは焼き菓子を口の中一杯に入れ、口の周りと太ももの周りに焼き菓子の欠片を散らかしていた。
「イリーナ、少しは遠慮というものを―――」
「いいのよ。子どもはそれくらい元気があった方が良いわ」
静止しようとしたフォースィを、マドリーが上品に口元を隠しながら笑い、気にしなで食べ続けるようにとイリーナに声をかける。
「す、すみません」
やりづらい。フォースィは既にこの女性には頭が上がらなくなっていた。
マドリーは二人と向き合うように反対側のソファーへと腰かけると、テーブルの隅にあった呼び鈴を手に取って左右に振るう。




