⑩弟子の気遣い
「とりあえず、バージル家と繋がりを持ちたいわね」
本には勇者一行とされる魔法使いは王立職業訓練学校の首席だったと記されている。そして今やウィンフォス王国の宰相の一族として、その名を欲しいままにしている。歴史家が見れば、さぞ皮肉めいた言葉を使う事だろう。
だが、そんな事は関係ないとフォースィは次の目的を定める。
「イリーナ。そろそろ行きましょう」
「はい、お師匠様!」
飽きた様子もなくイリーナが元気よく立ち上がり、絵本を大きな背嚢にしまう。
フォースィも古書に必要な情報を書き込むと鞄に戻す。そして館長から預かっていた本を丁寧に木箱に入れ、蓋をする。
「もう宜しいので?」
閉館の準備をしていた館長のゴリュドーと記念館の入口で出会う。
「はい。貴重な情報をありがとうございました」
フォースィがゆっくりと頭を下げると、イリーナもそれに合わせて会釈する。
「………母上のことで何か分かりましたか?」
親の死について彼は随分と心配していたが、フォースィは首を小さく振って否定する。
「ですが、諦めたつもりはありません。これからも色々と調べてみようと思います」
「そうですか。流石に強い心をもっていますね」
ゴリュドーは自分なりに理解したつもりで頷き、彼女に王立職業訓練学校の話を持ち掛けた。
「もしよければ、訓練学校にも立ち寄ってみてはどうだろう。あの本以上の情報は得られないと思うが、校長のマドリーは近年の蛮族活性化について調査している第一人者だ」
蛮族と魔王。何か得られる情報もあるかもしれないと彼が提案する。
「今日の内に、私から学校に使いを出しておきましょう」
「何から何までありがとうございます」
元々、一つの可能性として考えていた王立職業訓練学校との繋がりが出来たフォースィは、再び頭を下げる。
フォースィ達は彼と別れを済ませると、記念館を後にする。既に空は赤と黒の二色に分かれ、生温かい風が二人の髪を撫でる。だが足元の空気は冷たく、広場の管理人が慣れた手つきで周囲の魔導灯に明かりを灯して回っていた。
「………あ」
珍しくフォースィが短い言葉を発した。イリーナは何かに怯えたように驚き、彼女の顔を見上げる。
「今日の宿をとるのをすっかり忘れていたわね」
「あ………ああ。そう、そうですね、お師匠様! 私もすっかり、わわわ忘れていました!」
イリーナが大袈裟に両手を閉じたり開いたりと動かした。
フォースィは彼女の羽兜に手を置き、『別にあなたのせいではない』と小さく微笑んだ。
「そういえば、あなたにも随分と気を遣わせてしまったわね」
大通りに向かって広場を抜けつつ、フォースィは今更ながら母親の事になり表情が崩れていたと思い返す。イリーナは幼い考えの中で飲み物を買いに行き、静かに絵本を読んで待っている等、懸命に気遣っていたのだった。
「い、いえ。弟子として当然のことです!」
イリーナが緊張のあまり、普段使わないような言葉で返す。
本当に色々と出来るようになったとフォースィは弟子の成長に喜びつつ足を止めると、彼女の前で膝に手を付き、前にかがみながら静かに右手を差し出した。
「イリーナ………お釣りを渡しなさい」
「ばれたぁぁぁぁぁっ!」
イリーナは涙目になりながら口を大きく開け、預かっていた残りのお金をポケットから取り出すと、泣く泣く師匠の右手に乗せた。




