⑨真実の中に潜む矛盾
「他に………他に母に関する事は書いてありませんか?」
「いや、私も校長を務めていた頃に何度も読み返してきたが、勇者一行は魔王に破れ、それ以降の足取りについては何も書かれていません」
残念ですが、とゴリュドーはゆっくりと口を閉じる。
フォースィは彼から本を受け取ると、初めから丁寧に読み始めた。
「私はしばらく席をはずしましょう」
そう言うと、彼はは杖を持って部屋を後にする。
「イリーナ、少し時間をもらってもいいかしら?」
「は、はい。お師匠様………えぇと、えぇと、じゃあ、何か食べ物と飲み物を買ってきますね!」
元気のない師に声をかけようとしたイリーナは、悩んだ末に出てきた言葉を並べながら、一生懸命に明るく振る舞った。
「そうね、じゃぁお願いするわ」
不器用な弟子の純粋な温かさに触れ、フォースィは鞄から適当に銅貨と銀貨を手渡した。
「では、行ってきます!」
イリーナは元気よく立ち上がり、扉に向かう。そして扉を閉める直前、寛恕は僅かにフォースィの表情を見てから静かに閉めた。
一人きりになった部屋。
フォースィは額に手を当て、唇をかみしめる。
「何か、何か見落としているはずよ」
母が自分を生む前に死んでいたなどという結末を認めたくない一心で、本を一文字、一ページずつ読み直す。革鞄から古書も取り出し、矛盾がないか必死に両手で文字を追いかけた。
―――3時間後。
フォースィはゴリュドーから借りた本を静かに閉じた。
瞬きをした記憶がないほどに、目が疲れていた。
両眼を指で押さえ、息を大きく吐く。おして、イリーナが用意してくれた水を半分程喉に流し込む。
「………少し整理してみましょう」
自分に言い聞かせるように、フォースィは自分の古書に文字を走らせた。
「勇者一行は勇者を入れて四人。まず、十三代目勇者のリコル………私の叔父にあたる人。そして母である神官マキ、他には重戦士セル、そして魔法使いのクレア………バージル」
バージル。その名前にフォースィは一つだけ心当たりがあった。
「もしかして、ウィンフォス王国宰相のバージル卿の事?」
ウィンフォス王国でも名門中の名門と呼ばれるバージル家。代々優秀な魔法使いを輩出していた彼らが、元々カデリア王国側の貴族だった話は有名である。だが、勇者一行の末裔と言う話は聞いた事がない。
「魔王に敗れたはずの勇者一行が生きていた」
フォースィは唇に指を這わせる。
魔王がウィンフォス王国によって作られた存在ならば、破れた勇者一行を殺さず、捕虜にする事は十分に考えられる。フォースィの中で、断片的な情報が少しずつ距離を縮めていく。
そして、隣のイリーナが読んでいる本に視線が向く。
「勇者は………仲間達と共に、街の住民を逃がした………つまり、ウィンフォス王国へ」
だが戦争状態にあったウィンフォス王国が、カデリア王国の国民や勇者一行を素直に受け入れただろうか。情報が近づく度に、新たな矛盾や疑問が発生する。
「それに魔王が放ったとされる、隕石も腑に落ちない」
勇者達を何度も破っている魔王が、最後の最後で勇者達を逃している。そして後出しのような、隕石落下の大魔法。勇者一行の末裔のバージル家がウィンフォス王国の重鎮になれた事。手持ちの情報だけではこれらを結びつける事ができなかった。
「まるで、魔王は勇者と戦うつもりはなかったかのような………なら誰と?」
細かく見れば、本の表現にも不審な点があった。
それは勇者一行の最後が、全員異なっていたのである。
勇者リコルは妹を失った事で戦意喪失、神官マキは双子竜と戦い戦死、重戦士セルは魔王の配下と戦い瀕死の重傷、魔法使いクレアは魔王に敗れて捕虜になったと書かれている。
だが彼らの結末は、このブレイダスでの最後の戦いではなく、その南にある穀倉地帯での戦いについての結果であった。
「つまり勇者一行は、最後の戦いの前に壊滅していたのよね………でも、それなら」
街から住民を逃がした勇者一行という絵本の話と時系列が合わなくなる。たかが絵本の話だと言われればそれまでだが、フォースィは母の事を諦めきれず、絵本の内容といえど最後まで真実を追い求めようと足掻きたかった。




