⑧母の面影と最期
中には1冊の本が納まっていた。
厚い表紙はやや朽ちかけており、中の紙も随分と色褪せている。
「この本は代々、職業訓練学校の校長が預かる事になっていました。それを現校長と話し合い、この記念館が設立されてからは、こちらで保管される事になりました。歴代の校長は、歴史を知る者が現れたらこの本を見せるようにと伝わっています」
本の中には、二百年前の出来事と当時の勇者について記されている、ゴリュドーは短くそう説明する。
「………失われし………12巻」
フォースィの口が僅かに震える。
「人によってはそう呼ぶ者もいますな。ウィンフォスの王族の方々が作られている物とは異なり、巻数はついていませんが………カデリア王国の人間が作成した記録になります」
ゴリュドーは本を取り出すと、あるページをフォースィに見せた。
「ここです。二百年前の第十三代目勇者について記されています」
―――リコル・イクステッド。
ゴリュドーが指さした文字は、歴史から消えた勇者の名前が薄く記されている。
「母と同じ姓………本当に母は勇者の妹だったのですね」
「えぇ。しかもあなたと同じ神官職として勇者一行に加わっていました。その才能は勇者の仲間に相応しいものだったそうです」
フォースィは気が抜けたかのように椅子の背もたれに体を預けた。まるで全力で走ってきたかのように手は汗で湿り、心臓が激しく脈打っている。
今まで探し、欲してきた情報が目の前にある。彼女の緊張は否応なく高められていた。
「お師匠様、大丈夫ですか?」
イリーナがフォースィの様子を見上げ、心配する。
彼女はゆっくりと息を整えると、イリーナの頭を何度も撫でた。
「………ええ、大丈夫よ。少し………そう、少しだけ怖いの」
目頭を強く押し込む。
自分が二百年近く想像してきた母と、歴史としての事実がどこまで一致しているのか、それを知る事がフォースィにとって、この上なく怖かった。いっその事、知らない方が幸せなのかもしれない、一瞬でもそう思ってしまう程だった。
「話を続けても良いかな?」
ゴリュドーが彼女の気持ちが落ち着くのを待つ。
フォースィは大きく深呼吸をすると背もたれから体を離し、テーブルの上に両手を置く。
「ええ、お願いします」
「それでは………」
ゴリュドーがページをめくる。
「勇者一行の神官マキ、つまりあなたの母上だが、魔王とは二度戦っている」
だがいずれも負けていた。
「魔王軍と最後に戦った記録は、魔王の配下である双子竜と書かれています。魔王はウィンフォス王国を滅亡寸前まで追い込んだ伝説の双子竜を復活させ、己の配下としていたようです」
―――伝説の双子竜。
この大陸に住む者ならば、全員が子ども頃から聞かされてきたお伽噺。大人が子どもをしつける際に使うこの物語は、子ども向けとは程遠く過激でかつ現実的で、あまりの怖さから夜中にトイレに行けず、そのまま布団に地図を描く子どもが後を絶たない。
「そこで君の母上は、傷付いた騎士達を逃がすべく戦い………そして、命を落としたとある」
「………死んだ? 母が?」
自分が生まれた日は戦後である。親が先に死に、その後に子どもが生まれるわけがない。フォースィは母の死よりも、単純に計算が合わない方に驚かされた。




