⑤勇者の足跡
歩きながらイリーナが声にして読んだ本は、歴史の真実を少しでも知る者にとって興味深い内容だった。
まず、二百年前のカデリアに勇者がいた事。
そして勇者は仲間と共に魔王と幾度となく戦ってきた事。
文章では特に記されていなかったが、当時の王都であるブレイダスまで戦線が押し込まれていた事から、勇者達は魔王とその軍に苦戦を強いられていた事が分かる。
「魔王と勇者の戦いは熾烈を極めた! 勇者は天の力を操り、魔王は闇の力で応戦した! 一人、また一人と倒れていく勇者一行! そして魔王はついに空から星を振らせる大魔法を解き放ち、勇者達に止めを刺そうとした!」
作家の男と同じ口調で読み上げるイリーナの横で、フォースィが顎に手を当てる。
「イリーナ、もう一度」
「は、はい。えぇっと―――」
イリーナが同じ文章を繰り返した。そして読み終える頃には、フォースィの歩く速さは最初の半分程にまで遅くなっていた。
「何故魔王は、勝てる戦いの終盤に、星を降らせる程の大魔法を放ったのかしら?」
初めから使っていれば、簡単に街も勇者も滅ぼす事が出来たはずである。
フォースィは次、と彼女に続きを読ませる。
「えぇと………勇者は決断した! このまま魔王と戦う事よりも、街の人々を助ける事こそが勇者としての役目なのだと! 勇者は街にいる住民や仲間達を誘導し、街から避難させる事に成功した!」
「結局、魔王は勇者を取り逃がしたのよね」
やはりおかしいとフォースィは情報を整理する。この話が本当ならば、魔王の狙いは勇者ではなかった可能性が浮上する。
ついにフォースィの足が止まった。そして視線を上げると、赤レンガで作られた二階建ての建造物がそびえていた。
「勇者記念館………ここね」
大きな建物だが、単純に一周して見学が出来るように正方形の造りとなっている。フォースィはイリーナと共に赤レンガのアーチを潜り、中へと入る。
入場料は一人銅貨五枚。安物の食事一回分と同じ値段は実に絶妙な金額であった。
中は美術館や博物館と大差はなく、壁にかけられた勇者や当時の街並の絵、硝子の中に納められた勇者の私物等が飾られている。
フォースィは受付で渡された館内図を見ながら、一階の奥へと進む。
「歴代の勇者達………」
奥には歴代の勇者について一人一人説明されている紙が壁に貼られていた。
当時の勇者は、カデリア王国が認めた『最も能力の高い人間』や『国の大事を救った人間』に与えられる称号だった。最初期は自然発生にのみ頼っていたが、中期になると優れた戦士や魔法使いを養成する王立職業訓練学校が設立される。国営によって次々と力のある冒険者や傭兵、騎士達が登場し、同時に世界で初めて冒険者ギルドが設置された事で、カデリア王国は高い軍事力をもった国へと変貌した。




