⑤女性に年齢を聞いてはならない
しかしフォースィは、それが変な話になっているとイリーナの想像を訂正させる。
「断片的だけど、魔王と戦ったという伝承と、魔王と共に世界を救ったという伝承のどちらも存在しているのよ。困ったことに公的な記録がない上に、各地に散らばった情報も、どこまでが本当の話か分からないものばかり。もう随分と各地を調べて回っているけれど、未だに真実が見えないの」
魔王の敵と味方では、扱いが全く異なる。イリーナは考えれば考える程、理解できなくなり、自然と眉間にしわを寄せ始めた。
困った少女の顔を見たフォースィは呆れた笑みをつくると、革鞄に手を置いた。
「でも、手に入れたこの本は本物のようね」
本に書かれている事を一つずつ確認していけば、答えに辿り着くのではないかと最後に締め括る。
苦難の末、イリーナは一つの疑問にようやく辿り着いた。
「お師匠様って………何歳でしたっけ?」
そもそも魔王という存在はどの歴史書にも記載はない。書かれているのは子ども向けのお伽噺や、各地での伝承程度の胡散臭い物語のみ。
仮に存在していたとしても、どの伝承も『二百年前』と始まるものばかり。フォースィの母親が人類の味方であれ、敵であれ、魔王がいたとされる時代に存在していた場合、師匠の年齢が計算できなかった。
「あら、女性に年齢を聞くのは野暮なのよ? あなたも女の子ならば覚えておきなさい」
フォースィは口元に人差し指を当て、小さく笑った。
一時間も歩く事なく、二人はアリアスの街に到着する。
空も殆ど見えない魔女の森での探索の為、二人には時間的な感覚が少しずれていたが、徐々に西の空が赤くなり始めている事で感覚を修正した。
フォースィは簡素な南門で見張りをしていた衛兵に街に入る許可を取り付けると門を潜り、東と南の門からの大通りと交わる広場で一旦足を止める。
広場では露天商や屋台を出していた商人が店を閉める為に荷を片付け、住民達は暗くなる前に夕飯等の買い物を済ませようと忙しく動いている姿が、至る所に見て取れた。
アリアスの街は外へと通じる門が街の中心で交わっておらず、西門はなく、東門が南側にかなり近くに設置されている。そして南北を貫く中央の大通りの上り坂を進むと宿場や食事、商店が左右に並んでいた。坂を上り終えると唯一の学校が見え、そのまま平坦になった大通りを進めば出口となる北門が現れる。
二百年前までは小さな村だったらしいが、王国の人口が増えていく中で少しずつ発展していった。今でも南の山脈越えを行う者にとっては最後の、山を下りてきた者にとっては憩いの宿場町として重宝されている。