⑤冒険者の基本
「リーバオ、どうする? 一旦ここで休憩するか?」
盗賊の彼がリーバオに声をかけた。関所跡の大門を抜ける大通りはそれなりに人が多いが、王都に匹敵する幅の大通りは馬車の動きが止められる程混雑していない。単純に街を抜けるだけならば三十分とかからない様子だった。
リーバオは顔を少し上向きにしながら考え、答えを出す。
「いや、ここは抜けてしまおう。休憩しても時間にまだ余裕はあるが、なら次の街に着く方に余裕をもっておきたいと思う」
道中何が起きるか分からない、と理由を話した。
そして僅かにリーバオはフォースィの方に視線を向ける。彼女はその視線に気付いていたが、目を合わせる事なく、気付かない振りをして外の風景を眺め続けた。
「うん、いいと思うよ」
「私も賛成です」
弓兵と僧侶の少女が手を上げ、リーダーの提案に賛同する。
馬車が関所跡の大門を潜る。日光が一瞬遮られて馬車の中に影を作ると、今まで黙っていたフォースィが何かに気付いたようにリーバオに声を掛けた。
「悪いけれど、一旦馬車を停めてもらってもいいかしら? イリーナがトイレに行きたいそうよ」
「え、お師匠様。私はまだ大丈夫ですけど」
イリーナの能天気な返事にフォースィが目を細めて僅かに睨む。イリーナはその眼を見るや、ゆっくりと口を閉じた。
「何言っているの、そう言って前に草場の奥で―――」
「むぅぅぅぅっ!」
何て事をと、イリーナは口を閉じたまま目を開き、顔を赤くしながら全力で首を左右に振る。
「………分かりました。ここで待っていればいいですか?」
リーバオが何かを我慢するように声を出し、手綱を引いて馬の速度を緩めていく。
「ごめんなさいね。すぐそこのギルドで貸してもらうから」
馬車が大通りの端で止まると、フォースィは周囲の視線に小さく笑って返し、イリーナと共に馬車から降りた。
二人は目の前にある冒険者ギルドの中に入ると、イリーナが口を開いて大きく息を吐く。
「お師匠様、酷いです! あの事は誰にも言わないって―――」
「最後まで言ってないわよ。それよりもイリーナ………あなたならこの街で休憩をとる? それとも先に行く?」
必死に怒ろうとするイリーナを横に、フォースィは魔導杖を肩叩きに使いながら弟子に問う。
一人で怒るにも限界があり、すぐに大人しくなったイリーナは自身がなさそうに、しかしいつもフォースィから教わっている事を答えとして口にした。
「………いつものお師匠様なら、街に入ったらすぐに情報を集めると思います」
「その通り。あなたはちゃんと私の言っている事を覚えているのね」
良い子だ、とフォースィはイリーナの羽兜の上から頭を撫でる。
「と、いう訳で、あなたは今からトイレで時間を使ってきなさい」
「分かりました」
イリーナが受付の女性にトイレの場所を尋ね、指をさされた方向に走っていく。




