⑪影とともに消える
「中を見る事に関しては?」
フォースィの質問が続く。
「何も言われてねぇ。俺が受けた依頼は、あくまでもその本を信頼できる人物に運ばせる事だけだ」
読むなとは言われていない。短い言葉と時間だったが、フォースィもギュードも意思の疎通が終わる。
「分かったわ。依頼を受けましょう」
もとより断るつもりはなかった。むしろ本の封印を解く事ができれば、フォースィは初めて歴史の確信に迫る事ができると興奮を隠していた。今まで数多の言い伝えを並べて答えを探してきた問題に、自ら模範解答が飛び込んで来たような僥倖である。
ギュードが立ち上がる。
「俺もそろそろ退散するわ。タイサからの依頼も済まさなければならないからな」
「あら、彼は元気?」
見上げながらフォースィが尋ねると、彼はタイサの元に新しく入ってくる新入りに何かあるらしいと、依頼内容を簡単に暴露する。
「名前からしてウィック家の人間ね」
「あぁ、そいつぁ奴も分かっていたよ。貴族の中でも大きくはないが、古参の一つだ」
フォースィは何度かその名前を口ずさむと、おもむろに鞄の中の古書を取り出し、ページを何枚かめくった。
「偶然かもしれないけど………ウィック家は、二百年前に騎士団長を務めていたという話が残っているわ。でもそれほど地位の高い身分ではなかったようで、カデリア王国との戦いで戦死しているみたい」
「ほぉぉ、すぐに教えてくれるとは随分と気前が良いな」
金が必要か、とギュードは指で輪を作る。
「たまにはね。今日は気分が良いの」
「成程」
フォースィもソファーから腰を上げ、預かった本を古書と共に鞄にしまう。
「じゃぁな。オーナー、あ、悪いけどこの辺の本一冊貰っていくぜ」
「はぁ? お前、何言って―――」
「いいからいいから。保険って奴だ」
その内返すからと、ギュードはその場から文字通り消える。扉も窓も開いていなかったはずだが、彼の気配はその一切が消えていた。
「だから、扉から出て行けと………」
オーナーは呆れるように手を腰に当てる。
フォースィの視線がやや横へとずれる。彼女は部屋の外に複数の気配を感じたが、それらはすぐに遠ざかり、やがて消えていった。
「オーナー、私もそろそろ戻るわ。貴重な話をありがとう」
鞄の中から銀貨を数枚取り出したが、オーナーは手を左右に振る。
「気にするな。うちでそう話す決まりになっていただけだ」
それよりも、とオーナーが話を変えてくる。
「二人の話からすると、お前達はブレイダスに向かう事になるのか?」
「えぇ………そうなるわ、ね」
やや含みがちに彼女が素直に答えると、オーナーは丁度良いと言って追加の仕事の話を始めた。




