④旅の目的
蛮族。
人の形を模した人ではない者達。最も有名な種族は子どもの背をした緑色のゴブリンである。彼らは凡そ合理的とは思えない野蛮な文化と貧相な道具を持ち、近隣の家畜や畑を荒らし、時には人をも襲う。
フォースィ自身も旅の中で何度も遭遇してきたが、それなりに慣れた旅人や冒険者達にとって、油断できないが泣き叫び、恐れる程の相手ではない。
多数なら話は別だが、旅をしていれば一か月に一度は出会う程度の事である。
フォースィは騎士達がつくった風で乱れた黒髪を耳の後ろで整えると、馬が駆ける音を背中にアリアスの街を目指して歩き始めた。
イリーナもそれに続いて彼女の背中を追いかけていく。
「………イリーナ、もう口から手を離してもいいのよ」
「ぷふぅ!」
歩きながら呟くフォースィの言葉に、イリーナは塞いでいた手を解放すると口で大きく息を吐き出した。
「お師匠様、お師匠様。一つ聞いても良いですか?」
「何かしら」
歩きながら地図を広げて見つめるフォースィに、イリーナが声をかける。
「お師匠様は何故、魔王の事を調べているのですか?」
「………あら、言ってなかったかしら?」
空よりも澄んだ青い鎧を着るイリーナは、教会によって組織された聖教騎士団の一員である。厳しい修行を積み、試練に耐え抜いた者だけが辿り着くことが出来る最強の救済者であり、魔を払う執行者であり、罪を裁く断罪者でもある。騎士団を名乗るが、王国騎士団とは異なる組織で、国家に関係なく民や教会の依頼を受けて人々の生活を守るべく活動している。
「私の母を知る為、よ」
歴代最年少でその一員となったイリーナと出会い、既に三か月。とある出会いから師匠と勝手に呼ばれ、勝手に後をついて来る不思議な縁ではあるが、フォースィは少女を見捨てる事なく、傍に置いて来た。
「………お師匠様のお母様?」
イリーナは首をかしげながらも、そのまま師匠の言葉に耳を傾ける。
誰にでも気軽に話す目的ではないが、イリーナに対しては隠す必要もない。フォースィはアリアスまでの距離を確認すると地図を鞄にしまい、歩いたまま自分の旅の目的を口にし始めた。
「私の母はね、魔王と戦っていたそうなの。調べた限りでは、旧カデリア王国で勇者の一行と呼ばれ、神官を務めていたらしいわ」
しかし、それだけの地位にいながら、母の記録はこの世のどこにも残っていなかった。
フォースィは、小さかった頃を思い出す。
「母は昔の事を殆ど教えてはくれなかった。世の中には知らない方が良い事があると………最後は呪文のように誤魔化していたわ」
何年前の事だったろうか。あまりにも昔の出来事に、フォースィは最後に聞いた年を思い出せなかった。
「でも勇者と共に魔王と戦っていたなんて、やっぱりお師匠様のお母様も凄い方だったんですね!」
イリーナは目を輝かせた。