⑩依頼
「で、依頼の話に戻るが………フォースィ、こいつをある場所まで届けてもらいたい」
常時適当な性格のギュードが、ここにきて声が低くなり、力が籠る。
「この本を?」
フォースィは本を手に取った。幻の本は想像していたよりも軽く、多くの事実を隠している割には迫力に欠けていた。
「質問をしても?」
その替わりに報酬はいらないとまでフォースィは言い切り、ギュードの顔を上目で見る。
ギュードは答えられる範囲でなら、と小さく笑った。
「そもそも、どこでこの本を?」
いきなりの核心。
だがギュードは隠すことなく答える。
「城の中さ。おっと、オーナー心配しないでくれ、別に悪い事はしてない。依頼主の名は明かせないが、ギルドに迷惑は掛からない約束になっている」
一瞬、王国と事を構えるのかと心配したオーナーが、まだ疑いの目を残しつつも静かに胸を撫で降ろす。
「それで、これをどこに運べばいいのかしら?」
「………カデリア自治領、ブレイダスからさらに東、地図にはない集落と言えば分かるか?」
以前お前が行った事がある場所だとギュードの口元が緩む。
「成程。大体の事情は呑み込めたわ」
フォースィは以前にも似たような依頼を受けた事があった。そして、今回の依頼も自分が指名された事で、運び先だけでなく依頼主の正体も絞る事が出来た。
「あともう一つ」
「はいはい、どうぞ」
フォースィは本を開こうとするが、本はまるで石の箱のようにびくともしなかった。
「これ、開かないんだけど」
「ああ、知ってる」
ギュードが頷く。
オーナーも貸してみろと、太い腕で本を開こうとするが、放置しすぎた瓶の蓋よりも硬かった。
「駄目だ、ビクともしねぇ」
オーナーはひと汗かきながら、本をフォースィに返す。
「どうやら、強力な封印呪文がかけられているらしい」
「らしいと言うと、呪文を掛けたのはあなたでも、依頼主でもないようね」
フォースィの言葉に、ギュードはその通りだと肯定する。
「王城………いや王国にある12巻はそいつだけだ。依頼主はできるだけ早くその本を安全な場所に隠して欲しいとの事だ」
「ちょっと待て、その口ぶりだと12巻は複数あるのか?」
二人に置いてかれ気味のオーナーが、眉をひそめて本を指さした。
「紛失、焼失………万が一に備え、これらの本は必ず二冊作られると聞いているわ」
解説の入った古書に書いてあった事をフォースィは思い出す。




