⑤面影
「こ、ここが! あの教会なんですね!」
イリーナの興奮は口を縦に開いて最高潮に達していた。
「………フォースィ、あなた何を話したの?」
昔よりもさらに傷の増えた古びたテーブルに三人分の白湯を置いたマリンは、少し呆れながら座る。
「別に………普通の話ばかりよ」
白湯が入ったコップを手に取る。よく見ると、そのコップはフォースィが今まで使っていたものだった。
「相変わらず、物持ちが良いのね」
「何言っているの。そうでなければ、ここはやっていけないでしょう?」
自慢するように笑い、マリンも白湯を口に入れる。
「子ども達なら庭で遊んでいるわ。昔みたいに、鍋とお玉を叩いてみる?」
まだ残っているわよと、マリンは裏口の扉横に掛けられている錆びた鍋を指さす。
そこにイリーナが反応し、背伸びをするように手を上げた。
「はい! 叩いてみたいです!」
「やめなさいイリーナ」
フォースィにぴしゃりと止められ、イリーナの上げた腕が脱力する。
それにしても、とフォースィは教会の中を見渡した。狭い台所、今にも折れてしまいそうな木の階段、掃除をしていても落ちない僅かな埃っぽさと湿った匂い。何もかもが懐かしく、落ち着く場所だった。
裏庭からは子ども達の声が聞こえてくる。
「子ども達は元気かしら?」
「ええ。でも………あなたが以前来た時から三人が亡くなったわ」
ここに来た時から重い咳をしていた子、急いでいた馬車に引かれた子、酒癖の悪い両親に殴り殺された子だと聞かされる。
「いつの時代も、酷いものね」
フォースィは咳をしていた子だけは知っていた。以前来た時は、二階のベットでいつも咳き込んでいたと思い出すと、左肩から右肩へと指を這わせて亡くなった子ども達に祈りを捧げた。
「ありがとう、フォースィ」
マリンは不器用な幼馴染に感謝する。
窓から差し込む太陽の光が赤みがかってきた。フォースィは教会の中を探索しているイリーナに声をかけると、静かに立ち上がった。
「そろそろ行くわ」
「分かったわ。あなた達も気を付けてね」
手を振るイリーナにマリンは手を振り返し、二人を入口まで見送る。
フォースィは革鞄から小さな麻袋を取り出すと、それを扉前の燭台の上に置いた。
「彼の借金にも少し充ててちょうだい」
カエデの兄であるタイサは、両親が残した借金の一部をフォースィが肩代わりしている事を知らない。知っているのはここの大人二人とカエデだけ。さらにいえば、タイサが時々寄付してくる多額のお金も、僅かではあるが返済に充てている。
本当のことを話しても、タイサは自分達の借金だからと受け入れてくれないだろう。フォースィは、この数年間、秘密裏に彼を支援し続けていた。
「ええ、カエデちゃんに伝えておくわ」
いつもの事ながらと、マリンは口に手を当てて笑みを見せた。




