④教会へ
遅めの昼食を食べ終えたフォースィとイリーナは、オーナーの宿に荷物を置くと、王都の北区にあるスラム街へと向かった。
王城の影になる為、北区の殆どは日当たりが悪く、治安の悪さと地区整備の遅れが互いに責任を擦り付けながら時間だけが過ぎ、ついには放置され取り残された場所。病気、怪我、陰謀、様々な事情で日の当たる場所に住む事が出来なくなった老若男女が、息を潜めながら日々を暮らしている。
「お師匠様、もしかしてこの場所は、いつものお話しにある教会のある場所ですか?」
「そうよ。あなたは初めて来るわね」
フォースィが少女の姿で暮らし、そしてタイサ達と出会った古びた教会。冒険者として出て行ってからも、何度も顔を出している場所。イリーナは話の内容を思い出しながら、まるで物語の中に入ったかのような錯覚に陥りながら、遠足に行く子どものように飛び跳ねている。
「イリーナ、あまり遠くに離れては―――」
フォースィが最後まで言い終わる前に、イリーナは路地裏から出てきた小汚い男に背後から口を押さえられ、そのまま路地裏へと引きずり込まれていった。
そして小汚い男がさらに小汚くなって路地裏から吹き飛んでくる。
「お師匠様! ここは危険です!」
「………ええ、だから私から離れないようにしなさい」
フォースィは額を手で押さえた。
こんなのは話の中になかったとイリーナは地団太を踏み、うって変わって顔を赤くして怒っている。幸い、小汚い男は上半身の革鎧を砕かれ、鼻と肋骨は折れているようだが命には別条はない。
フォースィは男の容態を確認すると、そのまま放置して教会を目指す。残酷のようだが、元はと言えば男の自業自得、さらにはこんなところで魔力を消費したくなかった。
歩くこと数分。ついに古びた教会の前に着く。
フォースィはあちこちに苔の生えた木製の扉を静かに何度か叩くと、しばらくして扉横の錆びた鉄格子の窓に隙間ができた。そこから水色の髪をした女性の顔が半分ほど見えると隙間はすぐに閉じ、代わりに扉の閂が外れて硬い音を立てながらゆっくりと扉が開いた。
「フォースィ、久しぶり!」
「ええ、マリンも相変わらず元気そうね」
黒い修道服に身を包んだマリンがフォースィに抱き着く。フォースィもそれに答えるように彼女を優しく包み込んだ。
マリンは隣で目を輝かせている青い鎧を纏った少女の存在に気が付く。
「………フォースィ、まさかあなた」
マリンの目が細まり、動揺する。
「言っておくけど、私の子ではないわよ」
フォースィの目がすわっている。そして、イリーナの事情を話せる範囲で説明すると、マリンは胸に手を置いて安堵し、二人を教会の中へと迎えた。




