③アリアスの騎士
―――数時間後。
二人は魔女の森を貫く一本の馬車道に出た。轍の残った土で舗装されている道は互いに馬車が行き来できるほどに幅広く、左右の森との距離を十分に空けている。
フォースィは左右の道それぞれ顔を向けると、一方は高い山がうっすらと見え、もう一方には何も見えずに道が続いていた。
「こっちね」
何も見えない方に向かって足を踏み出す。
「お師匠様、水はいかがですか?」
イリーナが荷物の中から牛の胃袋で作られた水筒を取り出してフォースィに見せる。フォースィはそれを受け取ると僅かに口に含み、残りを自分が飲むようにと声をかけた。
「イリーナ、飲み終わったら腕輪を外しておきなさい」
犯罪者と間違われても面倒だと、フォースィは自分の右腕に付けられている魔法封じの腕輪を外し、イリーナが背負う荷物の奥に潜り込ませる。イリーナも飲み終わった水筒を持ちながら左手の腕輪を器用に外すと、フォースィが伸ばしてきた手に渡して、荷物の中に入れてもらった。
「………お師匠様、あれ」
不意にイリーナが向かうべき道の先を指さした。彼女の指の先では小さな影が地面を揺らす音と共に大きくなっていくのが見える。数は一つではなく、二つ、三つと増えていく。
馬に乗った全身鎧の騎士達が近付いて来た。
フォースィは道の端に寄って道を譲ろうとすると、先頭の騎士は手を上げて馬の速度を落とし始める。
「イリーナ、あなたは何も喋らなくていいわ」
フォースィの指示に、イリーナは両手で自分の口を塞ぐ。
先頭の騎士が二人の前で止まった。馬が僅かに口を震わせて鳴き、馬上の騎士が尋ねてくる。
「我々はアリアスに駐留する王国騎士団です。失礼ですが、どちらへ向かわれるつもりですか?」
「アリアスの街へ向かう予定ですが………何かあったのかしら?」
自分達は国を越えて各地を巡礼している神官だと説明するフォースィに、騎士は『お勤めご苦労様です』と答えながら、事情を簡単に説明する。
「実は、この森の周辺で蛮族を見かけたという情報が入りまして………何かそれらしいものは見ませんでしたか?」
それらしいもの。つまり、蛮族以外に、人や動物の死骸、散乱した荷物等を意味する。フォースィと口を塞いでいるイリーナは、首を静かに左右に振った。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
先頭の騎士は、後ろの騎士達にさらに奥を目指すと伝えると、そのまま馬を走らせて南へと進んでいった。