彼女はあの日の夢を忘れられない
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傷を癒して六日で出ていくはずだったフォースィの計画は、七日、十日と延期されていった。
怪我は完治していたが、孤児院教会の居心地に時間を忘れてしまい、気が付けば何かと理由を付けて翌日を迎えていた。今まで一人で旅をしてきた反動か、フォースィは家族というものの温かさを感じていた。
だが、旅の目的は忘れてはいない。
一か月後。フォースィは全員が寝静まっている頃を見計らって教会を後にした。周囲が心配しないよう、彼女の記憶が戻った事、その送別会を経て別れた事として、全員の記憶を操作した上での出発である。
その四年後、フォースィは冒険者の僧侶として教会を訪れた。
体質から年齢が合わない姿である。もちろん、あの時の少女と同一人物だったとは誰も覚えていない。
今では孤児院教会を定期的に訪れ、教会の修道女となったマリンと共に身寄りのない子ども達や、親が仕事から戻ってくるまでの子ども達の面倒を見ている。
「フォースィ。カエデに声をかけて皆を食堂に集めてきてくれる?」
台所から包丁の小刻みな音と共にマリンの声が聞こえてきた。
フォースィは古びた木のテーブルの上を濡らした台拭きで往復させると、台所に向かって返事をする。
「この時間なら庭にいるから」
「えぇ、分かっているわ」
台拭きを畳み直してテーブルの中心に置くと、フォースィは扉近くに掛けられている歪んだ鍋とお玉をもって裏口の扉を開けた。
墓地も兼ねている裏庭では、今年から年長組入りした九歳のカエデが、年少組の子ども達と走り回っている。
「よいではないか、よいではないか~」
「あ~れ~」「きゃー」
カエデが意地悪く笑いながら子ども達を追いかけている。
「全く、どんな遊びをしているの」
溜息をついたフォースィは両手を上げて、凹んだ鍋の底をお玉で何度も叩いた。
「皆さん、お昼ご飯ですよ。早く来ないと………あなた達の食事を神様にお供えします」
金属を叩く高い音、そして聞きなれた音に、子ども達は一斉に向きを変えて扉の先にある食堂に向かって行く。
だが子ども達は扉の前に立つフォースィの前で見えない壁に次々とぶつかっていった。
「フォースィ、魔法はずるいよぉ」
赤くなった鼻を擦る先頭の男の子。
「きちんと手を洗いなさい。あと、年上は呼び捨てにしない事」
フォースィは外についているポンプ式の井戸を指さした。
「はいはい、皆手を洗いに行くからねー」
後から追いついてきたカエデが子ども達の背中を押して誘導させると、井戸の水を汲んで順番に手を洗わせる。
「洗ってきたよぉー。ぶぺっ」
扉に入ろうとした男の子は、再び見えない壁に顔をぶつけた。
「手は………あのねぇ、服じゃなくて、そこの手拭いを使いなさい」
フォースィは扉の近くに掛けてあった手拭いを引っ張り出し、子ども達に手を拭かせた。そうしてようやく障壁が解除されると、子ども達は食堂へと雪崩れ込んだ。
「ほら、あなたも」
「ありがとう、フォースィさん」
乾いた場所が殆どない手拭いで、カエデは自分の手を拭き終える。フォースィは彼女にも食堂に向かうように声をかけると、最後に裏口の扉を閉めて鍵をかけた。




