⑬野営
「お師匠様、許してください」
これで十回目。
フォースィは回数を重ねる毎に弱々しくなるイリーナの懺悔を無視し続けた。
結局フォースィ一人で馬を逃がし、安全な食料と水を積んだ馬車のみ残し、残った禁制品は馬車ごと街道の隅で燃やした。肉体的には、中々の労働量と言える。
「駄目です。あなたには聖教騎士としての自覚が足りません」
どこの世界に眠り薬を短い時間に二度も飲む騎士がいるのかと、フォースィは遠くを見ながら淡々と話す。
イリーナは荷馬車の天井に蛹の様に縄で縛られ、フォースィが操る馬車の揺れに遅れながら前後左右に円を描きながら揺れていた。
馬車の荷物の殆どを焼いている為、身軽になった馬車は随分と速く走っている。
「お師匠様ぁぁ、許してくださいぃぃ」
「駄目です」
涙を込めた十一回目の反省も失敗する。
イリーナが寝ている数時間の間に、グーリンスの街は既に通過している。一日で王都に着く事は不可能だが、その手前の街くらいまでは進む事は出来る。フォースィはすれ違う馬車や旅人との距離を意識しながら、可能な限りの速さを維持し続けた。
「お師匠様ぁぁぁん」
「駄目です」
体を左右に揺らしながら色気を使った十二回目も失敗。
「やはり反省が見られませんね」
「ひぃぃぃぃぃん!」
余計に悪化した。
ようやく許しをもらえて縄を解かれたのは日没前。フォースィは街道から少し外れた所で馬車を停め、野営をする必要が出てきた時だった。
イリーナは許す条件として指示された野営の準備を急いで始める。
準備といっても、馬車には幌があるので寝床の心配はない。イリーナは地面を少し掘ると、その上に焚き火、そして鍋を吊るす為に長い棒で三脚を作った。さらに商人たちが使っていた馬車の幌の余りを丸太の様に丸めてクッションを作り、彼らの携帯食料を使って調理も始める。
フォースィはその間、幌で作ったクッションに寄りかかりながら、例の古書を何度も読み返している。数ページを一気に読み進めたと思えば、ページを戻して内容を反復する。
「お師匠様、お肉が上手に焼けました!」
「ご苦労様」
頬を炭で汚したイリーナが自信たっぷりに干し肉を温め直した肉串を持ってきた。フォースィも古書に栞を挟んで閉じると、イリーナから肉串を受け取って一口齧る。
「相変わらず肉料理だけは上手なのね」
見栄えは程よく焼けており、焦げの苦みもない。干し肉とは思えない柔らかさが口の中に広がり、何度も噛む毎に、干し肉特有の濃厚な味が後から口の中を支配してくる。
「他にもありますから!」
褒められたイリーナは、満面の笑みで干し肉と香草を入れた汁物や干し肉を挟んだパンを皿の上に乗せて来た。
「………本当に、肉料理しか作れないのね」
「はい!」
指示を出した側としては文句は言えない。フォースィはイリーナにジャガイモも使うようにと剥き方から教え、干し肉とジャガイモの香草焼の料理を伝授した。
「もう少し、他の料理や野菜の使い方も覚えましょう」
「もしたくさんの料理を覚えたら、お師匠様は嬉しいですか?」
目を輝かせるイリーナの目に、フォースィは小さく『そうね』と微笑み返す。
年相応の感情を出すイリーナを横目に、彼女は複雑な気分だった。




