⑫お仕置きが足りない
「さて、聞かせてもらいましょうか?」
商人は命がある事に感謝しつつ、諦めたように全てを語り始める。
「………こいつはグーリンスの街まで運ぶ事になってる」
「それは知っているわよ。何、時間稼ぎ?」
街を出る前に聞いたとフォースィは目を細めると、商人は最後まで聞いてくれと慌てて片手を前に突き出した。
「正直な所、誰に渡すかは聞かされてないんだ………いや、噓じゃねぇ、本当だ! 信じてくれっ!」
商人は荷馬車のまま西門に入るだけで良いと指示されていたという。
「でも、そんなことをすれば門を守る衛兵なり騎士団に捕まってしまうじゃない」
少しでも商品を見慣れた人間ならば、荷物が禁制品だと簡単に気付く事が出来る。そんな間の抜けた密輸話があるかとフォースィが呆れると、商人はその通りだと誤魔化す事なく何度も頷き続ける。
「だけど、それも心配いらねぇと………ここまで言えば、なぁ………分かるだろう?」
商人は恐怖の中で精一杯の笑みを作った。
フォースィは商人の問いに何も答えず、奥に止めてある二台の馬車から馬留を外し、馬を一頭連れてきた。
「………行きなさい。言っておくけれど、次はないわ」
「ああ、ああ。もちろんだ! この事は誰にも言わねぇよ」
慌てて商人はこの場から離れるように元来た道を駆けていく。
フォースィは西に逃げていく商人の背中が見えなくなった事を確認する。そして魔導杖で軽く肩を叩くと、この後の処理に悩み、大きく息を吐いた。
「イリーナ、聞こえてる?」
馬車の解体、密輸品の処分等やる事は山積み。だがこういう時にこそ、力自慢の人間を呼ぶ意味がある。フォースィは馬車の中に入っていったイリーナを呼び出す。
しかし、返事がない。
「イリーナ? 返事をしなさい」
フォースィは仕方なく、馬車まで歩き、中を覗く。
「………」
思わず絶句した。
イリーナは商人から貰ったフォースィの分の水筒と食料に手をつけ、荷台の床でうつ伏せになって寝ていた。
彼女は未だに眠り薬が入っている事を知らなかったのである。
「自覚が………足りないようね」
フォースィは馬車の中に落ちていた縄を見つけると、それを両手に取って左右に強く張って高い音を立てた。




