⑨十極の名
そこでフォースィと男の目が合う。
「こ、こいつ!」
驚き、体を反らす男に、フォースィは持っていた魔導杖の先を向けた。
その瞬間、男は何かに弾かれたかの様に吹き飛ばされ、馬車の幌を突き抜けて地面へと落ちる。
外の商人や男達は何が起きたか理解できず、馬車から飛ぶ男を地面に落ちるまでの間を目で追いかけた。
「イリーナ、起きなさい」
フォースィは立ち上がって裾の汚れを手で払うと、涎を垂らしたままの情けない同伴者に声を掛ける。
返事がない。ただの愚か者の様だ。
フォースィの鼻と眉が僅かに動く。どうやら本当に薬が効いて眠っている。聖教騎士団は教会の断罪者として悪を討つ象徴だが、今の彼女の姿を見ると、とてもではないが他所様には見せられない。
「仕方ないわね」
大きく息を荷馬車に吐き残すと、1人で馬車を降りた。
「お、お前!」
頭目の商人が叫ぶ。
馬車から降りてきたフォースィの姿を見た男達は、一瞬事態が飲み込めなかったが、すぐに動き出すや彼女の周囲を取り囲んだ。
フォースィは動じることなく、周囲に集まった男達の装備を目で追う。
「こうしてみると、それなりにいるようね」
防具は全員が革製、武器は片手剣が三人に短剣持ちが二人、弓使いが一人であった。
どこにでもいる、と言われれば困るが、犯罪集団としてはごく普通の装備。フォースィは片手で魔導杖を一回転させると、竜の彫刻の先を弓を持つ男に向けた。
杖の先から激しい風が放たれ、土埃を上げて男達の間を一直線に通り過ぎる。男達は咄嗟の強風に顔の前を腕で守り、さらに目を細めて土埃や小石から防いだ。
風が止んで男達は遅れて風の吹いた先を見ると、そこには弓使いの姿がない。
だがその数秒後には、先程まで隣にいたはずの男が、空から地面へと落下した。遅れて彼が纏っていた革の胸当ての残骸や折れた木製の弓が順々に地面に転がっていく。
面倒な遠距離を潰してから、フォースィは聞くのを忘れていたと口を抑えるように手を置く。
「一応聞いておくけど、あなた達は正規の商人とその護衛………ではないわよね?」
質問に答えるよりも早く、武器を持った男達は一斉に襲い掛かって来た。
「はやい男は嫌われますよ?」
敵が近づく前に、フォースィはさらに短剣を持った男を風の塊で吹き飛ばした。男は全速力で壁にぶつかったかの様に顔面を砕かれ、地面の上で二度三度と縦に回転する。
「神の下へと送って差し上げましょう」
一人程度の犠牲ならばと、残った四人があらゆる方向から彼女に向かって武器を振り下ろした。
「あら、あなた達一枚も砕けないの?」
フォースィと武器の間に、淡く白の障壁が張り巡らされていた。男達の剣はそれ以上先に進める事ができず、もう一度武器を振り下ろしても、障壁はびくともしない。
「はい、残念でした。また来世」
片手剣の男が二人まとめて青空へと飛ばされた。




