⑧王都に向けて
アリアスの街を出て一時間。森の丘をようやく越え、広い草原が馬車の前に広がってくる。
フォースィは幌付きの馬車の中で体を休めながらから、後ろからついてくる二台の馬車を見つめる。一方のイリーナは荷物に寄りかかり、ゆっくりと胸を上下させている。馬車に乗るまで随分と体を強張らせていた割には現金なものである。
商人の目的地であるグーリンスまでは凡そ半日の距離。しばらくはこの光景が続く。
フォースィは持ってきた荷物の中から水筒を取り出して、水を一口含む。商人からは水と食料を分けてもらっていたが、手を付ける気にならなかった。
手をつければどうなるか、目の前に実践した人間が寝息を立てているので非常に分かりやすい。
別に不思議な事ではない。フォースィは敢えてそういう商人を選んで声をかけたのである。
立派な馬車だった割に手際の悪い商人、感情的になり部下に当たり散らしていた事からも彼自身の程度が知れる。さらに積み荷を運んでいた部下も革鎧を身に纏い、首には冒険者の証たるプレートをこれ見よがしに身に付けている。
だが、フォースィが彼らと挨拶を交わした際、彼女はプレートに掘られている名前が、随分と粗雑に作られた者である事を確認している。つまるところ、商人も護衛も真っ当な人間ではない。
かつて冒険者だったフォースィには、彼らの正体に大体の予測を付けていた。
「密輸か、それとも人攫いか………」
フォースィは隣に積んである荷物を僅かに二度小突く。
箱からは何も返って来なかった。
「少なくとも人ではないようね」
フォースィは大きく息を吐いて肩の力を抜く。時折、手綱を握っている商人がこちらを振り返ってくるが、特に会話らしきものもない。
私が寝るのを待っているのだろう。彼女には、この先の展開が手に取るように分かる。
取り敢えず、目を瞑る事にした。
―――10分後。
視界が暗い中、フォースィが乗っている馬車の動きが止まる。
途中、何度か例の商人に声を掛けられたが、敢えて返事をせず、彼女は彼らの動きを待ち続けた。
さらに耳を澄ませると馬の声が聞こえる。先程から鳴き声の大きさに変化がない所から、後ろの二台も車輪を止めているのだろう。フォースィは呼吸を乱さずにそのまま相手を待つ。
荷台が僅かに上下に跳ねた。
商人の声が遠ざかりながら、数人の誰かに指示を出し始める。
「おい、縄を持ってこい………そう、それだ。それでこの二人を縛るぞ」
複数の男の足音が近付いてくる。
「それにしてもガキと女一人、それぞれ上玉ときた。こいつは運が良いですね」
「ああ、間違いなく高く売れるぜ」
下婢た男達の声と何かをすする音が聞こえる。男の一人は馬車に乗り込むと、フォースィの前で止まり、縄をかけようと体を近付けた。




