②真紅の神官
女性は古書のページを数枚ほど遡る。そこには魔女の森と魔法封じの腕輪の関係が走り書きで記されていた。
「魔王の力に目覚めた古城、双子竜の黒い石碑、そして魔王の生家………取り敢えず、この辺りで見る事ができる記録は次が最後のようね」
女性は古書を革鞄の中に戻す。そして再び周囲を見渡すと自然の中で目的の異物を見つけた。
それは木と木を結ぶために用いたのであろう赤く太い線が幹の周囲に落ちている。線は紐と呼んでいいのか分からない物であり、その薄さたるや貴族や王族が使う絹のように薄く、僅かな透明感をもっている。
「でも手触りは別物ね。むしろ紙に近い」
指に力をいれると一見頑丈そうに見えるが、向きによって強度が異なるらしく、縦に沿って力を入れると、赤い線は軽い音を立ててチーズのように繊維状に裂けていく。
女性は赤い線が続く先を目で追いかけると、時々朽ち切れて地面の苔と同化しかけていたが、それでも方向を見失う森の中を導くように、赤い線は奥へと続いていた。
「お師匠様、これが『魔王の血の導き』ですか?」
「ええ。記録によれば、この線を辿る事で森の出口や水場に着くそうね」
やはりこの本は本物だと女性は革鞄に手を置いて口元を緩ませる。南の山脈を越えた先にある国、その巡礼先の教会で偶然見つけた遺物だったが、まさか失われたこの世界の歴史を記した本の一部、それを解読した本を見つけるとは思わなかった。
「お師匠様、この先はどうしますか?」
赤い線をたどりながら、剥き出しの根を飛び越えるイリーナが女性に尋ねる。
「予定通りアリアスに立ち寄るわ。あそこには魔王が人の身に扮して生活していた宿があると書いてあったわ」
解読書の通りなら、魔王の力が目覚めるまでの数ヶ月の間、その者は一般の宿を根城にしていたと記されている。
流石に二百年前の宿屋が今でも残っているとは思えないが、最も古い店や街の伝聞から何かしらの情報が手に入るのではないか。女性は僅かな糸口も見逃さず、これまでも可能性があればそれを一つ一つ確実に確認してきた。
真紅の神官服を身に纏い、龍の彫刻があしらわれた魔導杖を持つ女性の名はフォースィ。彼女の魔法は常識を超えた威力をもち、いつしか『十極』の二つ名で呼ばれるようになっていた。
二十代の若さと妖美を兼ね備えているが、正確な年齢は誰にも分からず、『王国最後の魔女』、『不老不死の少女』といった呼び名すら存在する。
「さぁ、早く森を抜けましょう」
「はい、お師匠様!」
フォースィの後ろをイリーナが駆け足で追いかけた。