④次の手がかりへ
「一番古い物で九十年前じゃなぁ。絵も………あぁ、虫が全部食べてしまってるわい」
「卒業生の名前が載った名簿とかはどうですか?」
広がり続ける埃から守ろうと、ついにフォースィも口元に手の甲を合わせる。
「ああ、それならさっきの事務室じゃな」
再び踵を返して、部屋に戻る。
「二百年前………駄目じゃなぁ。やはりそこまで昔の資料は残ってないわい」
「やはり、そうですか」
金庫の中まで漁って分かった事実。ある程度は想像していたが、どんなに保存状態が良くても、紙を媒体とした資料はもって百年。恐らく建て替えの度に、古い物から捨てたのだろうと、老人は申し訳なさそうに答えた。
「二百年前といえば、丁度この街を復興させていた頃じゃから、資料らしい資料は残っておらんわい」
「復興?」
老人の気になる言葉に、フォースィは思わず聞き返した。
老人は頷き、曾祖父から聞いた話だと話し始める。
「何でもまだここが村だった頃、蛮族に襲われたらしくてな。それはそれは随分と亡くなったらしい」
多くの村人が蛮族の手で攫われたが、最終的に王都から派遣された騎士達によって、半数以上が救出されたとの事である。
「王国騎士団………」
フォースィは長椅子に腰掛け、顎に手を添える。
魔王が姿を隠して住んでいたとされるアリアスの村、そこへ襲ってきた蛮族、解決に尽力した騎士団。
魔王がいるこの場所が襲われた理由が繋がらないが、二百年前に大きな事件があった事は間違いない。フォースィは一つ一つの言葉を記憶に留めた。
「お忙しい所、ありがとうございました」
フォースィは玄関前でもう一度老人に頭を下げ、校舎を後にする。
校庭では、さらに人数が増えた子ども達に囲まれて溺れているイリーナの手が見える。
「きちんと務めているようね」
子ども同士の楽しみを邪魔してはいけない。フォースィは口元を僅かに緩ませると、そのまま街長の家へと向かう事にした。
街長の家は大通りの北側、その途中にある路地に入った先にある。街で最も立派という訳ではなく、どこにでも見られる赤レンガの二階建て。庭には赤い花が綺麗に咲き並び、芝は等しい高さに揃えられていた。
フォースィが庭に入ると、丁度よく家の扉が開かれる。
「おや、お客様ですか?」
休日の父親のような質素な服を着た白混じりの男が少し驚いてから、声をかけてきた。そしてフォースィの服装を見るや、彼女が教会で務めを果たした人物だと理解し頷く。
「もしや、フォースィ殿ではありませんか?」
「はい………あなたが、この街の長殿ですか?」
フォースィも口を開くと、男は『そうです』と頷き、手を差し伸べてきた。
「マディンといいます。この度は街の者を救って頂き、ありがとうございます」
断る訳にもいかず、フォースィが右手を差し出すと、彼はそれを両手で握り、上下に振る。
「いえ、私は神官としての務めでお手伝いしたにすぎません。教会の神父様やご家族の献身があってこその結果だと………思います」
社交辞令的な言葉を並べ、フォースィは街長の勢いに気圧されつつ、場の流れに耐える。




