③木造の学び舎
フォースィは玄関で清掃をしていた老人に校舎を見学したい旨を申し出ると、彼は僅かに曲がった腰で玄関横の事務室へと案内された。
「どうぞ、どうぞ。お掛けください」
『用務員室』と書かれた部屋に入ると、奥に木製に腐敗止めの塗料が塗られた上質な机が置いてあり、手前には応接用の長椅子と机が並んでいた。
老人は奥の台所でお茶を用意すると、応接用の長椅子の前にある机に静かに置き、フォースィを案内する。彼女は小さく頭を下げると椅子に腰かけ、淹れたばかりの湯呑を両手で包む。
「まるで、校長室のような造りですね」
部屋には他の作業員が見当たらない。取り敢えず話題をと、フォースィが周囲を見ながら老人に声をかけた。老人は湯気の立った自分の湯呑を持ってくると、彼女と反対側の椅子におぼつかない動きで腰掛ける。
「この学校では、昔から用務員と校長は兼任する事になっていましてな」
つまり、目の前の老人はこの学校で最も偉い人間だという事になる。
フォースィは面を食らったように瞬く回数を増やすと、小さく咳き込みながら申し訳ないと微笑んで誤魔化した。
「実は、この学校が街の中で最も古い建物だと聞きまして」
古い文献や資料を基に、昔の街の姿を研究している。フォースィは老人に事情を話した。
「もし差し支えなければ、校舎の中を見学させて頂ければと思いました」
「どうぞどうぞご自由に」
老人はお茶をすすりながら全く気にする事なく、もう片方の手で左右に振る。
「確かにこの校舎は、建て替えてから既に八十年近くが経っております。ですが………神官様の仰る『昔』とまではいかないかもしれません」
フォースィの母が生きていたであろう魔王の時代は凡そ二百年前。その半分にも満たない歴史の校舎だったが、中にある物はそれ以上の昔の資料等が置いてあるかもしれない。フォースィは、それでも見学したいと老人に申し出て、共に校舎の中を歩く事にした。
一階を歩くと、歴代の卒業生達が集合している絵が飾られていた。1年ごとに絵は古くなっていくが、十年前を最後に絵は廊下の壁と共に終わっている。
「これよりも以前の絵は残っていますか?」
フォースィは壁に掛けられた絵を指さした。
だが、老人は細い腕で組んで唸り始める。
「倉庫にあるにはありますが………保存状態は決して良いとは言えませんぞ?」
それでもと、フォースィは老人に頼んだ。
老人はさらに奥の倉庫にフォースィを案内する。倉庫の中は埃が全てを支配し、鼻でも口でも呼吸する者を等しく苦しませた。老人は何度かむせるように咳き込むと、絵の中で最も古いと思われる額縁を手に取り、その裏側を読む。




