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【短編】天使は悪女を嫁にする

作者: 桐原かつき

ゆるっと悪女や転生を絡めた話が書きたいなーで書いた短編です。

暇つぶし程度にどうぞ。

 天使がいる!

 まだ十歳の私は、多分目を見開いて彼を見ていたと思う。

 私はヴィヴィ・ビョルク。子爵家の末娘である。

 幼い頃からぼんやりと前世の記憶を持っていた私は、この世界が小説の世界だと知っていた。

 前世は日本人で、ファンタジー系の小説や漫画が大好きだった。そして、お気に入りの小説の一つが、『雪の花、空の花』という作品だった。

 よくある弱小貴族の少女が聖女として王都に行き、王子や高位の貴族の令息と交流し、王子と結ばれる王道のラブストーリーだ。

 少女は出自が低いからかなよなよしておらず、思い切りが良くて行動的だった。そのストレートな物言いは小気味よくて、思わず笑ってしまったり、感情移入したりした。

 その世界だと知っていたけれど、特に何もない。

 うちは弱小の子爵家で、何なら使用人もお父様の執務の補佐をする家令と、母についてきた侍女と、家のことを手伝ってくれるメイドが一人ずついるだけで、家のことは両親と兄二人と私が総出でやっているくらいだ。

 とても小説の世界で活躍した家とは思えない。

 もちろん、ビョルク子爵家なんて名前は出てこなかった気がする。

 つまり、特に波乱に巻き込まれることもないだろうと、のんびり成長していた。

 そんなある日、父が連れてきたのが、天使──もとい、天使のようにきれいな男の子だった。

 金の髪はサラサラで、大きな目は澄んだ夏の空のように青く、その顔立ちは整っていて女の子よりもきれいだ。

 私なんか比べ物にならない。

 言っちゃあ何だけど、私はこの家ではお姫様だ。

 何しろ上の兄より十歳、下の兄より八歳下で、もう上の兄など結婚済みだし、父も母も女の子が欲しかったのでそれはもう溺愛である。

 もちろん裕福ではないから私も自分のことは自分でするし、両親のしつけはきちんとしている。

 それでも、茶色いありきたりの髪と瞳で、顔の作りも人並みだと思うのに、べた褒めなのだ。もし前世の記憶がなかったら、「うちの妖精」「うちの天使」と家族中に言われていた私は自分を絶世の美女と思いこんで成長したかもしれない。

 でも、前世の知識があり、いろんな美女を知っていた私は、それは家族の欲目だとわかっていた。

 そう、天使とはこういう子のことを言うのだ!

「お父様、この子どうしたの?」

 天使はお父様の隣で立ちすくんでいた。じっと床を見て私の方は見ていないし、表情がまるでない。そのせいでまるで絵画や彫刻のようにその美貌が際立っているが、それでもなんだかそれは寂しかった。

 子供とはもっとこう生意気なものではないだろうか。少なくともうちの領地の子どもたちはそうだ。領主の娘の私にも遠慮などない。

「ヴィヴィ、この子は今日からうちの子になるクリスだ」

「お父様、いつの間に作ったの?」

「おまえ、どこで覚えてくるんだ、そんなの」

 お父様はため息をついたが、クリスの肩を持って、少し私の方に押し出した。

「お前のひとつ下だ。お姉さんとして面倒見てやれるな?」

「任せて!」

 お姉さん!なんていい響きだろう。

 末っ子として八年も過ごしていると、弟や妹にやたら憧れるようになる。やっと私もお姉さんになれるのだ。しかも、こんな天使のお姉さん!

 私は天使の手を握った。

 ビクッとして手を引こうとしたのを強引につかんで引っ張る。

「私はヴィヴィ。よろしくね!」

 クリスから返事はない。私は足を止めてクリスの目ををぐいっと覗き込んだ。

 クリスが勢いに押されたように体をのけぞらせる。

「よろしくね!」

「よ、よろ、しく」

 初めて発した声も天使のようだった。やだ、もう、なんてかわいい!

「行くよ!」

 私はそのままお気に入りの庭にクリスを連れていき、さんざん振り回した。

 そのせいでクリスは来て早々に熱を出し、私はがっつり怒られたのだった。


 >>>>>


 十二年後、私は王宮にいた。

 壁に凭れて腕を組んで気だるい感じでグラスを傾ける私は、二十歳の淑女として完全にアウトである。

 だけどまあ、どうせ評判は良くないので、これでいい。たぶん。

 この十二年を思い出して、私は遠い目をした。きっと周りには、私が人々を睨んでいるように見えるだろう。悪女顔なので。

 クリスがうちに来たあの日、来て早々に熱を出したが、怒られた私が看病しながらダバダバ泣いたのが哀れを誘ったのか、その後一気に態度が軟化した。姉としてというか双子のように、いいことも悪いことも一緒にして育った。

 だけど、五年前に領地を流行り病が襲った。

 神殿と国に協力を求めたが、領民の一割が亡くなり奔走した両親も亡くなった。

 長兄が後を継いだが、領民の減少で税収は減るし、風評被害で作物は売れない。苦しい状況に、私は動くことに決めた。

 幸い私は女だ。

 だから、できるだけ高いお金で私を買ってくれる相手を探したのだ。

 十六歳になって結婚できる歳になった私を買ってくれたのは、三人の奥さんに先立たれたエーケンダール侯爵だった。

 持参金なしで、逆に支度金とうちの領地への援助を条件に、私は長兄にだけ相談してこっそり縁組をし、下の兄にもクリスにも黙って嫁に行った。

 幸い、エーケンダール侯爵は残虐でも変態でもなかったが、思ったよりも大きくなった胸とおしりだけで私を選んだらしく、私の髪を平凡な茶色から黒に染め、派手な化粧と際どいドレスを好んで着せた。そして、名前をヴェロニカ・エーケンダールと名乗らせた。

 このとき初めて、私は自分があの小説『雪の花、空の花』の悪女、ヴェロニカ・エーケンダールだということに気づいたのだ。

 ヴェロニカは侯爵家の後妻で、夫が死んだ後、その財産をつぎ込んで王子を狙い、王子の運命の相手である聖女を暴漢たちに襲わせる。何度も誘拐や殺人未遂を起こして捕まり、国外追放されるのだ。

 それに気づいた私は、軽く絶望した。

 なんでエーケンダールの名前を聞いたときに気づかなかったのだろう、と。

 でも、あの時、一番条件のいい買い手は侯爵様だったのだ。もし気づいていてもやはり選んでいただろう。

 侯爵様は連れ回す人形として私を気に入っていて、しかもきっちりした性格をしていたので私とは白い結婚であること、そして死別した際は私にも財産を残すことを書類にしてくれていた。

 なので、私はその財産を全てビョルク子爵家に寄付するようにしてもらった。

 私は、着飾るためにいただいた宝石とドレスを売れば、当分は平民として生きていける。

 これで、金に物を言わせて悪事をすることはできない。あとは聖女と王子に近づかなければ、平穏な生活ができる。

 そう思っていたのに。

 この四年で私は侯爵家の財産を狙って後妻に収まった平民の娼婦だと噂された。名前を変え、出自を隠したからそういう噂も出るだろう。

 侯爵様はそんな噂すら楽しんでいる。

 しかも、最近は、気晴らしをしておいで、と、私だけで夜会に出したりするのだ。死別したときに平民になるなら、今のうちに華やかな生活も楽しむといいと言って。

 だから、私は今回も一人で参加していた。

 何気ないフリで噂話に耳を傾ける。

 面白い話があれば、帰ってから侯爵様にお話しするのだ。侯爵様が一緒の時より面白い話が耳に入るので、楽しみにしていらっしゃるのだ。

 そうして、夜会も半ばになり、そろそろ帰ろうかと思っていると、ふと中央付近が騒がしくなった。

 なんだろう、と話が聞こえる場所に移動してみる。

 そこには、一組の男女と、一人の青年が対峙していた。

 男女の方は有名人だ。

 小説の主人公たち、王子と聖女である。

 王子は怒りをにじませて青年をにらみ、聖女は涙ぐんでいる。

 対峙している青年は少し前髪が長くてはっきり見えないが無表情のようだ。

「ベーヴェルシュタム侯爵、聖女に対してなぜそうも無下にできるのだ」

 王子は聖女を背にかばい、そう叫ぶ。

「粗雑にしたつもりはございませんが」

「何を言う。そばにいて守りもせず、ろくに返事もせず、それでも婚約者と言えるのか!」

「いいのです。私はもとは下級貴族。侯爵様には釣り合わないのですから」

 ああ、これは知っている。

 小説で聖女の婚約者が聖女を冷たくあしらうのを、王子が見ていられなくて怒るシーンだ。前ベーヴェルシュタム侯爵が強引に決めた縁組が不服で、侯爵は聖女に冷たい。聖女に惹かれている王子はそれが我慢できない。

 本来ならここに王子が聖女をかばうのは口を出し過ぎだと悪女ヴェロニカが更に余計なことを言って引っ掻き回すのだが、私はそんなことをする気はないので、傍観させてもらう。

「いや、今日こそは言わせてもらう。そんなに不服なら婚約は解消してしまえばいい。君は彼女を愛してはいないのだろう?」

「貴方は愛していると?」

 静かにベーヴェルシュタム侯爵が訊く。王子は答えられない。そうだろう、まだ彼女は他人の婚約者だ。でもその顔は苦しそうだった。

「まあいい。あなた方に絡まれるのもいい加減疲れました。お好きになさるがいい。通達は家の方へお願いします。この縁談は前侯爵が組んだものですので」

 そう言って、ベーヴェルシュタム侯爵がその金の髪を煩わしそうにかきあげた。

 そのあらわになった顔に、周りの令嬢たちが息を呑む。

 美しかった。

 だが、青い瞳は氷のように冷たい。

 そして、私は周りの令嬢たちとは違う意味で息を呑んでいた。

 それは見たことがある顔だったのだ。

 成長していたけれど、見間違えるはずはない。

 あんな表情は初めてあったときにしか見ていないけれど。

「・・・クリス」

 嫁に行くときにどうしても会えなかった。顔を見たらためらってしまうから。でも、私が思い切ったのは、あんな顔をさせるためじゃない。なぜ侯爵を名乗っているのかも聖女と婚約しているのかもわからない。

 でも、私はだめなのだ。あの子のあんなすべてを拒絶するような顔はどうしても放っておけない。

「聖女様がいらないなら、私がいただきますわね」

 扇で口元を隠して、私はそう言いながら歩み寄った。

 視線が痛いが、ここで私が目立てば王子や聖女と言い争いをしていた印象は薄れるに違いない。さすがに国家権力にたてつくのはやめておいた方がいい。不敬罪で投獄もあり得る世界なのだから。

「エーケンダール侯爵夫人?」

 王子が不機嫌そうに私を見て眉をひそめた。

 聖女が好きな王子にとって、私のような女は一番気に入らない部類に入る。

 そして、少々直情的なのでそれを隠しもしない。

「ごきげんよう、王子殿下。今夜はわたくし、夫と一緒ではないので一人で寂しかったのです。聖女様は王子殿下がお慰めすればよろしいわ。もう婚約は解消されるのでしょう?ちょうどあぶれておしまいになるようなので、私はこの方をいただきますわね」

 一方的にそう言って、私はクリスの腕を掴んだ。

 振り払おうとしたクリスは、至近距離で見た私の顔に一瞬目を見開き動きを止める。

 私は誰にも見られないように笑った。

 いたずらが成功した子供みたいな気分だ。

 天使のようなクリスを袖にする聖女も、聖女の言うことだけを信じてクリスを責める王子もざまあみろよ。

 それに、クリスも。

 こんな女に振り回されて、なにをしているの。幸せでいなければだめでしょう?

「どう?わたくしではお相手に不足かしら?身分はそれなりだと思うのですけれど」

 クリスは無表情を装っていたが、私にはわかる。これは、私のいたずらに呆れているときの顔だ。

「いえ、婚約は解消ですからね。この状況ではダンスはむずかしいですが、よろしければ馬車までお送りさせていただきます」

「うれしいわ。そろそろ帰ろうと思っていたんですの。では、王子殿下、聖女様、失礼いたしますわね」

 私は年寄りの遺産を狙う娼婦の悪女。だから、王子にも失礼に振る舞ってもおかしくない。王子ですら無下にできない夫の権力を笠に着ているのだから。

 それにクリスも、家は侯爵家で対等に見えるが、エーケンダール家の方が格は上だ。逆らえない。

 私は誰にも咎められることなくクリスとその場を離れた。

 私たちは無言のまま馬車まで歩いた。そして、御者を待つことなく、自分で扉を開けてエーケンダール侯爵家の馬車にクリスを押し込み、私もエスコートなど無しに馬車に飛び乗る。

 御者は教育が行き届いているので、特に何も言わないし、馬車は合図するまでは出発しない。ちょうどいい密室だ。

 見れば、クリスから氷のような無表情が剥がれ落ちていた。

 よしよし。不満でも怒りでも、せめて表に出さないと心が死ぬからね。

「ヴィヴィ」

 その声にきゅうっと胸が痛む。

 それにちょっと焦って口数が増えた。

「ごめんなさい、あの聖女様と王子殿下の言い分がムカついたの。でも、これであなたは私にむりやり連れて行かれた可哀想な人になるし、噂的にはそうそう不利でもないと思うのよ。次の縁談はあなたを悪女から救おうとご令嬢たちが殺到するわよ」

「ヴィヴィ」

「ほら、あの聖女様、あなたをかばおうともしなかったし。だいたい何であんな尻軽と婚約なんかしてるの。聖女だったら何やってもいいの?見た?あの意地悪い顔。印象が三割は悪くなっていると思うわ。王子があれだけ入れ込んでいたら、王家も頭が痛いでしょうね」

「ヴィー!」

 がばりと大きな体が私を包んだ。あら、四年前よりガッチリしているわ。

 胸板が厚くて、腕は力強くて、天使はすっかり大人の男になってしまった。

「いきなり消えてしまって、酷いじゃないか。俺だってできることはあったのに、アラン義兄さんにしか相談しないで行ってしまうなんて」

 声が震えている。

「ごめんね」

 でも、今の私は侯爵家の後妻で、その後平民になる予定だから、抱き返してはあげられない。

「私こそびっくりしたわ。いつの間に侯爵様になったの?」

「実の親が聖女と縁付かせるために呼び戻したんだ。その時に箔をつけるために無理やり継がされた。その代わり、俺の養育費の名目でビョルク子爵領を援助させた。君の方の支援と合わせたらいい金額になるから、あちらは持ち直したよ」

「・・・良かった」

 私はほうっと息を吐いた。連絡を取って縁があると思われては迷惑がかかるから、無関係を貫いていて内情はわからなかったのだ。

「髪は染めてるの?」

「そうよ」

「エーケンダール侯爵はいい人?」

「・・・悪い人ではないわ」

「別れない?」

 私はそっとクリスの体を押して離れた。

「これは契約だもの。終わるまではちゃんと果たさないとね」

 そう言って、私は馬車の扉を開けた。

 出て行って。そう表情で伝える。

「私はヴェロニカ・エーケンダールよ。田舎娘のヴィヴィはもういないの。あなたがクリス・ビョルクでないように。だからもう、悪女に捕まっちゃだめよ。かわいいお嫁さんをもらって幸せに暮らしなさい」

 冗談めかして言う。

 クリスは少しだけ目を細めた。何か言いたげで、でも結局は何も言わずに馬車を降りてくれる。

 私は扉を締め、馬車を出してもらった。

 あんな聖女様にこだわって王子と争うより、もっといい子があなたにはいるわ。だから、幸せになって。


 >>>>>


 エーケンダール侯爵様は、私が二十三歳のときに亡くなった。

 親戚や王家への根回しはすべて済んでいて、財産は半分が新しく継いだ遠縁の青年に、半分はビョルク子爵領に渡された。

 その代わり、私は籍を外されてただのヴィヴィになり、王都の片隅の小さな家をもらって平民として暮らし始めた。新しい侯爵様とその若くてかわいいお嫁さんの邪魔にならないように。

 ずいぶん引き留められたけれど、それだけは譲らなかった。

 そしたらいろいろ援助されてしまって、なにげに働かなくてもいいくらいには財産ができてしまって恐縮したが、新しい侯爵様も家令も当然の権利だというのでもらっておいた。

 聖女様はあれから王子殿下と婚約し、一年後に結婚している。特にその恋路を邪魔した人はいないし、私もできるだけ接触を避けてきた。

 これで私は国外追放を逃れたんだと思う。

 だからやっと私は自分の人生を生きることができる。


 お金はあるが、働かないのは性に合わない。時間ももったいないし、ダメ人間になりそう。

 そう考えながら裏庭で洗濯物を干す。この家は小さいけれど二階建てで小さな庭もあるのだ。

 干し終わって思い切り背伸びをしながら呟いた。

「そろそろ仕事探さないとね」

「それならいい仕事があるんだけど、どう」

 急に男性の声が聞こえて、私は振り返った。いつの間にいたのか、すぐ後ろに誰かが立っている。

「久しぶり、ヴィヴィ」

 立っていたのはクリスだった。前に見た華麗な夜会服と違って、今は簡素な服を着ている。それでも美貌は隠せない。この格好で来たのかしら。きっと道行く人たちの視線を集めまくったに違いない。

「クリストフェル・ベーヴェルシュタム侯爵様、お久しぶりでございます」

 わたしはもう平民なので礼儀にのっとって深く頭を下げ、フルネームで呼んでやる。ちょっと様子をうかがうと嫌そうな顔をしていた。でも、どこか拗ねている感じが子供っぽくて、昔を思い出して笑ってしまう。

 それにしても、あの夜会から会っていなかったからまた更に背が伸びた気がする。成長期、いつまでなのかしら。私はとっくに止まっているのに。

「なにか御用ですか?貴族のお家のお仕事はもう受けないことにしているんですが」

「訂正してもいい?」

「なんでしょう?」

「まず、俺はクリス・ビョルク。爵位はないけど近々騎士爵を拝命する予定。たぶん騎士団の小隊長くらいにならなれるんじゃないかな。だから敬語は無しで」

「あら。聖女様に振られたから侯爵家をお役御免になったの?」

「まあそんなとこ。血が繋がってるって言っても庶子だしね。実子である弟が後を継いだから」

 庶子だったのね。まあ、そうじゃなきゃうちに養子に来たりしなかったわよね。

 それにしても、実子がいるのにわざわざ呼び戻して聖女を取り込もうとしたのか。よっぽどクリスの美貌が武器になると思われたのね。

「で、ビョルク家の末弟に戻ったのね」

「相談したら義兄さんたちがそうしろって言ってくれたから。ただし、三男だから領地の手伝いはするけどいつまでもお世話になれないでしょう?剣で身を立てようと思って、騎士になったんだ。だからヴィヴィ、俺の嫁にならない?」

「よめ?」

「そう、嫁。平民が騎士の嫁でもおかしくないでしょう?」

「でも私、離婚歴のある悪女よ?ずいぶんと社交界では悪名が広がったから、笑いものになるわよ?」

 そう言ってみる。

 確かに、騎士は平民でもなれるため、騎士の妻が平民でも問題はない。

 でも、騎士と言っても籍が貴族にある以上、社交界とは無縁でいられないはずだ。私を嫁にするのはかなりリスクが大きいと思う。

 でも、クリスはまっすぐに私を見た。

 その目に熱がこもっていることに気づけないほど鈍感じゃない。ただ、迷惑になりたくないだけ。

「ビョルク家にも迷惑なんじゃ」

「俺が説得しなくても、義兄さんたちは大歓迎だったけど?」

 食い気味でばっさり否定された。

 まあ、そうよね。

 うちの家族は家族大好きだもの。平凡な娘を天使だとか言って溺愛するくらいには。

「それに、俺の唯一の夢はヴィヴィを嫁にすることなんだ。頷いてくれたら俺の十何年越しの夢がかなうんだけど」

「・・・うわあ」

 執念深いわ。

 好いてくれているとは思っていた。それが家族愛か恋愛かなんてわからなくても。だからこそ、家を出る時に何も言えなかったのだ。止められると思ったから。

 それにしてもね、十何年っていったらほぼ出会ってすぐじゃないの。

 呆れて口を開けると、クリスはくすくす笑って私を抱き寄せた。

 昔は私が手をひくとふらふらしてたのに、今じゃ痛くないのにがっちり囲い込まれていて抜け出せない。

 そして、その美貌に甘い笑みを浮かべて私を見下ろすのだ。

 至近距離で!

「お買い得だと思うよ。どう?」

 それは反則だわ。頷く以外の選択肢は認めないって顔に書いてあるじゃない。

 私は腹をくくることにした。

 田舎娘が悪女になれたなら、悪女が良妻になるのもできないことじゃないでしょう?

「・・・そうね、それもいいかも」

「ヴィヴィ!」

 ああ、聖女様は損をしたわね。

 嬉しそうに、暖かい春のような笑みを浮かべるクリスは、それはもう綺麗でかっこよくてかわいいのに、これを見られなかったなんて。

 クリスが私の体を軽々と抱き上げる。

「ちょっと、クリス!」

「ヴィヴィ、覚悟して。絶対幸せにするから!」

 ああ、もう。

 うちの天使は体が大きくなってもどうしようもなく可愛い!

 だから私はどうしたって彼を甘やかしてしまうのだ。

 抱きついて、目を覗き込む。あの時から変わらない綺麗な瞳が見返してくれる。

「よろしくね!」

 あの時と同じようにそう言うと、あの時には想像もできなかったほど幸せそうにその瞳が蕩けた。

「よろしく」

 こんな顔を見てしまったら、もう手放せない。

 そして私は思い切りよく天使の嫁になったのだ。

モブだとおもってたらわりと重要だったじゃん、っていう転生者のお話。

結局、ヴェロニカさんは王子を追い掛け回すだけのお邪魔虫悪女であって本筋には関係ないので(多少真実の愛のスパイス?)、関わらなければ特に断罪もされない役でした。

結局家族に戻って兄ちゃんたち歓喜、三男よくやった!っていうオチwww

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