ある少女の苦悩
続いて二話です!
間違えがあったら言ってね☆
昼過ぎの教室。
今日最後の授業、およそ10分ほどでチャイムが鳴る。
だが校庭が一望できる窓際の席は春の日差しを招き入れ、多くの生徒の眠気を誘う。
「くあ……」
眠気の要因は人それぞれだろうが、御多分に洩れず俺もその一人である。
授業中という事もあり必死に欠伸を止めようと試みたが、脳はどうしても酸素が欲しかったらしい。
声が予想以上に大きかったのか、教壇上の教師が咎めるような視線を送ってきた。
少しは多めに見て欲しい。
おそらくはこの教室にいる誰も教師の時事ネタを絡めたうんちくなどには興味がないだろうし、今は昼食を消化する以外に割くリソースはないのだ。
せめてJ-popやドラマの話題であれば食いつく奴も居ただろうに……。
などと中年教師に同情していると、教室の対角線上、前方の入り口から最も近い席で 「へー!」 と心底感心した様子で相槌を打つ女子生徒が目についた。
(……確か袖無 亜生衣……だったか)
うろ覚えなのはクラス、というか学校に知り合いがいない。
だってしょうがないじゃん! 入学前に『人間失格』とか読んじゃったら自分がちょっと頭良くなったように感じるじゃん!
周りに比べて大人だな俺演出でクール気取っちゃうじゃん!
そんなこんなで5月を過ぎても未だ気軽に話せる友人はいない……。
にしても元気な奴だな……。
袖無はいつもクラスメイトとワイワイ騒いでいるイメージだ。正直羨ましい。
統制の取れた顔のパーツにいつも上がっている口角。
脱色でもしたのか少し明るめの茶髪の髪は、短く健康的にカットされ、サイドの髪は後ろのやや高い位置で結われている。
彼女の大きすぎるリアクションのたびに犬の尻尾のように揺れ、ついつい目で追ってしまう。
猫と男の子は揺れるものには目がないのだ。
髪の話だよ?決して下の方には視線を送っていない。
ただもう少し主張は控えてくださいね?
加えて、人当たりの良く明るい性格、あのルックスだ。
友達には困らないだろうし、男子はほっとかないだろうな。
そんな不埒なことを考えていると、お決まりのメロディが流れ授業の終了と共に下校時刻を知らせた。
教師の 「終わるかぁ」 という声を合図に周囲はわいわいと談笑に入る。
が生憎俺には相手がいない。
立ち上がりそそくさと帰る支度を整える。
だって居た堪れないからね!
速攻帰るよ!
帰り支度もラストスパートといったところで、俺の耳に悲報が入ってきた。
「神谷〜、欠伸の罰だ。この前の小テストの採点手伝えー」
「えぇ、まじですか……?」
その俺の問いに答えることもなく、教師は教科書をひらひらさせながら教室を出て行った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ったく、学年全ての採点手伝わせやがって」
俺は家路につきながら、欠伸の罰にしては重すぎる雑用を思い出しながらひとりごちた。
辺りは暗くなり始め、住宅街に並ぶ街灯は弱々しく光り始めていた。
あのパワハラ教師め。
大方、自分で全て採点するのが億劫になっただけだろ。
普段割と真面目に授業を受けているってのに欠伸だけでここまでさせるとは……。
思えばあの先生には何かと目をつけられているような気がする。
問題のありそうな生徒なら他にもいるだろうに……。
そもそも今日欠伸をしてしまったのには訳があるのだ。
それは、昨晩起こった同級生による衝撃の告白だ。
(おじさんたちと遊んでいまして……)
昨夜のことを思い出し、西宮柚乃の言葉を反芻する。
とても遊んでいるようには見えなかったが、ああ見えてすごくビッチなのか?
最近の女子高生はあんな感じなのか?
いや、絶対違う。そうだったら俺それ知らない!
だがまぁ、俺は彼女のことを多く知っているわけではない。
クラスも違うし、すれ違ったことが何度かある程度だ。
そんな俺が名前まで知っていたのは、西宮が我が校では有名人だからだ。
その容姿は学年1の呼び声高く、入学当初から話題を集めていた。
多くは語らずミステリアスな雰囲気は、同学年男子を次々虜にし、早くも多くの男子が撃沈しているらしい。
てっきり決まった相手でもいるのかと思っていたが、彼氏がいたらそんなことしないよな……。
何かやむに止まれぬ事情でもあるのか?
そんなことを考えながら歩いていると、市民館の自動ドアからからとぼとぼと出てくる人影が見えた。
件の西宮が重い足取りでこちらに向かって来ていた。
「西宮……?」
そう驚いてつい口に出すと、西宮はどんよりした顔をあげ俺を認識すると、何に驚いたのか小さく 「ひっ!」 と声を上げた。
と思ったらすぐ気がついたようで安心したような息を洩らし、こちらに駆け寄ってきた。
「こ、こんにちわ神谷くん……。昨日はいろいろありがとう。おかげで無事帰れました」
「おお、西宮。無事帰れてよかったな。暗かったし送っていけばよかったな」
「ううん、すぐ近くだったし! そ、それにすごく助けてもらっちゃったし。……本当にありがとね」
再度感謝を述べる西宮に 「おう」 とか適当な返事をして歩き始めると、そのまま西宮も後についてきた。
そういえば家は同じ方向か……。
昨日西宮とあったタワーマンションは、市民館と俺の家の丁度中間にある。
帰り道でばったり会い、しかも目的地が同じ方角であればあえて距離を取り別々に帰るのもおかしかろう。
気恥ずかしさに一人言い訳をしながら少し歩くスピードをおとした。
「ず、随分と遅いおかえりだね? 学校は結構前に終わったのに」
西宮は沈黙に耐えられなかったのか、こちらを伺うように吃りながら問うてきた。
「先生の仕事を手伝わされてたんだよ。欠伸の罰だってさ」
大方遊び呆けていたとでも思っていたのだろう、その予想外の俺の答えに一瞬驚いたような顔をしたかと思えば、プルプルと震え、結局堪えきれずに吹き出していた。
こうして隣を歩いていると、彼女が大分小柄な背丈なのだとわかる。
あれはなにかの聞き間違いだったんじゃないか?
つい最近まで中学生だったんだ。
当たり前だが、俺たちはまだ子供で。
彼女は強く握って仕舞えば壊れてしまいそうで、儚げで------。
------何故。
「……そっちこそ随分遅いな? また用事でもあるのか?」
……少し、気になってしまった。
何故多くの生徒が青春を謳歌する中、友達と遊ぶでもなく、デートに行くでもなく、おじさんと遊ぶことを選んだのか。
あんな良いマンションに住んで、何不自由なく暮らしていけるのではないのか。
何か。何か理由が有って、嫌々しているのではないか。
昨日初めてしっかり喋ったばかりの筈の彼女ことが、少し、気になった。
「今日はさっき終わったとこ……」
西宮は俯き気味にそう答え、きゅっと下唇を噛んだ。
その表情はとても苦しそうで、自分の体を抱きしめるように交差した腕は、とてもか細く見えた。
「……なんでそんなことしているんだ?」
簡単に、思いのほか簡単に口走っていた。
「初めは誰でも良いって……。で、でも段々誰かの役に立ててるんだって! そう思ったら……」
「ッツ!」
誰も見つけてあげなかったのか……!
孤独に耐える、愛に飢えた彼女を誰も……!
薄汚れた大人たちだけが、それを利用し、搾取し、欲求を満たすためだけに彼女を使ったのか。
尋常じゃない。
高校一年になったばかりの彼女がその行動に至るまでに、どれ程の苦悩が、苦痛があったと言うんだ。
(おじさんたちと遊んでいまして……)
昨日あの言葉を聞いた時、そのまま返すんじゃなかった。
孤独に苦しむ彼女を、孤独な家へ……。
「最近は上手くできてなくて。あまり喜んでもらえてないかも……」
何も関係のない俺だけど。
「どうしてもやらなきゃいけないことなのか」
「え?」
もしも、西宮が助けを求めるのなら……。
「不安なら、困っているのなら……」
俺は全力で------。
「俺が助けてやる!!」
そう決めた。
「ほ、本当に……?」
西宮の目は潤んでいた。
「ああ」
「本当に助けてくれるの?」
(当たり前だ。任せろ)
「市民館のボランティア!」
「…………え?」