第六話 緊急のミッション
冷気を操る魔物、ジャックフロスト。
猿のような見た目をしていて、毛むくじゃらで握り拳が大きい。
群れで活動し、集団で狩りを行う魔物だと授業でならったことがある。
いま目の前にいるジャックフロストは、まさにその通りに動いていた。
複数の個体に追い立てられ、私たちは逃げるほかにない。
学生の私たちには荷が重い相手と遭遇してしまった。
「朝陽ちゃん!」
「わかってる!」
伊吹の合図で私の光剣が弧を描く。
その一振りは氷の壁に阻まれてしまったけれど、伊吹は風に乗ってうまく撤退できた。
「ちょっと不味いかも」
伊吹にしては珍しい弱音が聞こえてくる。
「小杖。まだ魔法は撃てる?」
「はい。この寒さで舌を噛まなければ」
「よかった、合図したら詠唱して」
身を裂くような冷気が頬を撫でる。
ジャックフロストはまだまだいて、私たちを諦めない。
「どうしたら……」
伊吹の動きも寒さで鈍い。
私の光剣は氷の壁に阻まれる。
小杖の魔法もあと一度か二度が限界のはず。
「グオォオオォオォオオオオオッ」
考える余地も与えてくれず、ジャックフロストは咆哮をあげる。
連なった声が空中に幾つもの氷柱を作り、尖った先端が私たちに向く。
硬く握り締められた大きな拳が、霜の張った地面を叩くと、氷柱は一斉に放たれた。
「小杖!」
魔法を唱えてもらおうと、小杖に合図を送ったその瞬間。
「――え?」
燃え盛る火炎が氷柱を飲み込んだ。
先ほどまでの寒さが嘘のように吹き飛ぶほどの熱。
視界を覆うほどの赤。
氷柱は溶けて蒸発し、ジャックフロストたちは熱気に怯む。
そして火炎が掻き消えると、入れ替わるように一人の冒険者が立っていた。
§
「間に合ったか」
一息を尽きつつも、ジャックフロストから視線は外さない。
火炎にビビったのか、新手を警戒してか、向こうは様子を伺っている。
相手が氷の属性を持っているなら、今の俺は有利だな。
「あ、あの!」
頭の中で戦法を組み立てていると、後ろから声がした。
「あぁ、悪い。怪我人は?」
「あ、いえ、いません」
戸惑ったような声。
「そう。よかった。じゃあ、今すぐここから逃げてくれ」
そう告げたのと同時に、ジャックフロストの一体が手の平に氷塊を作る。
強く握り締められたそれが投擲され、剛速球が迫った。
だが、それはクレイゴーレムたちが割って入ったことによりキャッチされる。
地面に降りると高々と氷塊を掲げていた。
「あいつは俺が引き受ける」
自慢の真っ直ぐが通用しなかったからか、ジャックフロストは苛立ったように地面を殴る。
「さぁ、早く!」
「は、はい!」
勢いよく返事をして、三人は逃げていく。
それを追おうとしたジャックフロストに、火炎を放って立ち止まらせた。
「お前たちの相手はこの俺だ」
クレイゴーレムたちと共に仕掛ける。
「グォオォオォオォオオオッ!」
咆哮があがり猛吹雪がダンジョンの通路を満たす。
視界は一気にホワイトアウトし、肌が裂けたのかと勘違いするような寒さに襲われる。
「くっ」
手の平の火炎を盛らせ、凍える寒さに対策する。
これで凍え死ぬことはなくなったが、問題は視界のほう。
真っ白でなにも見えない。
足下のクレイゴーレムは全長の低さゆえに雪に埋もれそうだ。
「だったらッ」
左手に灯した火炎を右手の剣に打つし、刀身を燃え盛らせる。
そして逆手に持ち替えて、勢いよく地面に突き立てた。
瞬間、剣が纏っていた火炎が弾け、炎の壁が拡散する。
それは猛吹雪を押しのけ、積もった雪を溶かし、雪隠れしたジャックフロストを炙り出す。
「グォオオッ!?」
突然、居場所を暴かれ、ジャックフロストたちは驚愕する。
奴らは俺の側を素通りし、逃げた三人を追うつもりだったらしい。
側に二体、背後に四体いる。
「狡賢い奴らだ」
地面から剣を引き抜き、強撃で右のジャックフロストの胴を抜く。
同時に左手をもう片方へと向け、高火力の火炎を放つ。
「グォオォオォオオォオオッ!?」
火だるまになったジャックフロストの悲鳴を背に、畳みかけるように地面を蹴る。
はじき出されたように駆けだして剣を振るった。
「グォオォォォオオオオオォオオッ!」
抉るように繰り出した一撃は、せり上がった氷壁によって阻まれる。
硬い感触が刃を伝って右手に伝わり、即座に左手を柄に添えた。
剣に再び着火し、燃え上がる刃が氷壁を断つ。
「三体目!」
そのままジャックフロストを斬り伏せ、更に次の標的を定める。
残りの三体も氷による防御を選んだが、炎剣の前では紙切れも同然。
氷の鎧、氷の手甲を引き裂き、繰り出された氷柱を焼却して、すれ違い様に三体を仕留める。
燃え盛る剣には血糊も付かない。
虚空を斬って払い、火炎を掻き消すと背後で三体の亡骸が地面に転がった。
「ふぃー……どうにかなったな」
周囲を見渡して魔物の気配がないことを確認し、一息をつく。
すると、例の電子音が鳴った。
「ミッション達成、凍える風」
達成条件はジャックフロストの討伐。
報酬はスキル氷点下。
そして、更に続けて電子音が鳴った。
「緊急ミッション達成。報酬は……自在剣【死命】?」
銘を読み上げると、実物が目の前に現れる。
一振りの刀。
ずっしりと思いそれを手に取ると、柄を握って抜刀する。
外気に触れた刃は虚空を斬って凛と音を鳴らす。
恐ろしく美しい刀身は鏡のように俺を写している。
「生かすも殺すも自由自在か」
三人を助けて生かし、魔物を殺して死なせた。
この使命の報酬としては、この上ない。
「気に入った」
鞘に収め、装備していた無銘の剣をアイテムボックスに放り込む。
新しく死命を腰に差し、ふと後ろを振り返る。
「上手く逃げられたか? ……まぁ、大丈夫だろ」
すこし気になりつつも、足をダンジョンの奥へと進ませた。
§
それからは魔物各種の百体討伐、千体討伐のミッション達成に時間を費やし、それを達成する頃には一年の月日が経とうとしていた。
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