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第二十六話 災いの元


「どういう、ことだ?」


 詠唱し終わっていたはずなのに、妨害されたように掻き消えた。

 小杖自身も戸惑っているのか、目を見開いている。


「あはははははっ! これこそ我らが研究の成果だ!」


 小杖に手を翳し、勝ち誇ったように笑う魔法使い。


「これより如何なる魔法も顕現させないッ! 魔法を使っていいのは我々だけだ!」


 遠くから火球が放たれると共に、氷塊や鎌鼬、岩石などが混じり始めた。

 それらは水晶を乱反射してありとあらゆる角度から飛んでくる。


「面倒なっ」


 接近戦では勝ち目がないと悟ったのだろう。

 遠距離からじわじわ嬲る戦法に切り替えてきた。


攻防一体シールドバッシュ


 飛来する岩石を立てて弾き返し。


氷点下フローズン


 冷気で鎌鼬を相殺し。


火炎の吐息(ブレスオブファイア)


 火炎で氷塊を蒸発させる。


「あいつ、いったいどれだけのスキルをッ!」


 ストーンゴーレムの強力もあって、こちらはどうにか対処できている。

 だが、三人のほうは違う。


「ちょっと不味いかもっ」

「頑張って! なるべく打ち落とすから」


 多種の魔法が入り乱れるようになって押され始めている。

 小杖が無力化された今、二人で複数の魔法使いを相手取るのは厳しいか。

 かと言って俺が助けに向かえば周囲の奴らが付いてくる。

 まずは奴らの掃討が先だけど、遠距離に切り替えられたせいで手間取ってしまう。


「唸れ 唸れ 牙持つ者たち 焦がれた獲物はすぐそこに」

「無駄だと言っているのが聞こえませんか」

「――っ」


 またしても詠唱し終わった魔法がキャンセルされる。

 影から出でるはずの獣たちが動かない。


「六花の結晶 風花の舞 凍てつき 静まり 氷河で眠れ」


 続けて別の魔法を詠唱するも、束ねた冷気は霧散する。


「無駄無駄無駄無駄。何度やっても結果は同じです。貴女はそこで見ているがいい。お仲間が蹂躙される様を!」


 ストーンゴーレムの隙間を縫い、鎌鼬が俺の背中を引き裂く。

 同時に特大の火球が爆ぜ、爆風によって朝陽と伊吹が吹き飛んだ。

 倒れた二人を見て、小杖は再び杖を掲げた。


「太陽を喰らう者 雨の瞳 雲の鱗 雷の爪牙 嵐の咆哮 天昇りて覆い 地に満ちて沈む」

「無駄だとなぜわからない!」


 魔法使いは再び、小杖に手を翳す。

 また魔法がキャンセルされる。


陰影軍牙いんえいぐんが


 だが、そうはならなかった。

 不発に終わるはずの魔法は顕現し、魔法使いたちの影から獣が出でる。

 完全に油断しきっていた魔法使いたちは、不意打ちを食らう形でその大多数が無力化されて気絶した。


「ば、馬鹿なッ! なぜ魔法が――いや、それより、なんだそれは!」


 慌てふためく理由は俺にもわかる。

 過去に俺も見ているからだ。

 その詠唱で、その魔法は顕現しないはず。


「何度か無効化されて、その魔法の仕組みを理解できました。あなたは幾つもの無効化魔法を、私が詠唱した魔法に応じて使い分けています」


 一つの魔法ですべてを無効化することはできない。


「ゆえに、こう考えました。顕現させる魔法を誤認させればよいと」

「誤認……だと?」

「これを仮に偽装詠唱と、呼ぶことにします」

「偽装……偽の詠唱で魔法を顕現させたのか!?」

「詠唱とは魔法の顕現を手助けするもの。自身に明確なイメージがあれば詠唱は不要です」

「無詠唱の仕組みなど知っている! なぜ口にした偽の詠唱に乱されず魔法を顕現させられるんだ!」


 声を荒げる彼に、小杖は淡々と答える。


「やって見たら出来ました。それ以上のことはわかりません」


 魔法使いがぽかんと口を開けたのは、これで二度目だった。


「あははっ、小杖ちゃんらしーい」

「そうだね。小杖だからこそって感じ」


 吹き飛ばされた二人も立ち上がり、小杖の隣に並ぶ。

 俺も再生リインカーネーションで背中の傷が塞がった。


「……どいつもこいつも、我々をコケにして……どうなるかわかっているのか」

「さぁな。でも、お前たちはもう終わりだよ」

「どういう意味だ」

「こういう意味だよ」


 左の指先を動かし、張り巡らせていた蜘蛛の巣(ウェブ)を操作する。

 小杖の魔法で気絶した者、偽装詠唱の詳細に耳を傾けていた者に、ひっそりと糸を張っていた。

 たった今、それを巻き上げ、この場にいる敵全員を縛り上げて結晶から釣り上げる。


「なっ、貴様ッ! いつの間に!?」

「口は災いのもとだ」


 魔法使いの性なのか、彼らは偽装詠唱について問わずにはいられない。

 それが致命的な隙となって、俺も密かに糸を張り巡らせることが出来た。


「さて、どうしたもんかな」


 吊し上げた魔法使いを眺めて思案する。


「やっぱりギルド協会に突き出すしかないんじゃないですかー?」

「そうだな。ギルド間のいざこざってことになるし。証拠の写真もある」


 戦闘の最中にスキルで撮っておいたものを現像する。


「はっ。我々は真魔ギルドだぞ。貴様らのような弱小ギルドといざこざなど簡単に揉み消せる。なにをしたって無駄なことだ」

「そ、そんな。どうしたら」

「心配しなくても大丈夫だと思います」


 小杖は一歩前に出て魔法使いと向き合う。


「あなた方には余罪があると見ています。叩けば色々と埃が出るでしょう」

「だからなんだ」

「真魔ギルドは何よりも魔法の研究を優先すると聞いています。もしあなた方のせいでその研究に遅延が発生するとしたら、どうでしょうか」

「……」


 返事はない。


「記憶を消せても違和感は残るでしょう。もしかしたらと思う冒険者も出てくるかも知れません。そうなれば恐らく真魔ギルドはあなた方を切り捨てます」

「そ、そのようなこと、あるはずがない!」

「じゃあ、試してみよう。その前に、そのおしゃべりな口を閉じてもらう」


 糸が這い、口を縫うように縛る。


「んんんーっ!」


 ついでに強めに締め上げて意識を奪った。


「あとはストーンゴーレムに任せよう」

「ぐごごごごご!」


 魔法使いたちをまとめて一纏めにし、ストーンゴーレムたちに運ばせる。

 重量の心配もあったが、難なく持ち上げてくれた。


「ダンジョンを出よう」


 その後の展開はおおよそ小杖の言った通りになった。

 真魔ギルドとの争いは早期に決着が付き、俺たちを襲撃した魔法使いたちは追放扱い。

 犯罪者として牢屋に入ることとなった。

 真魔ギルドにとっては魔法使い数人より、研究のほうが大事なようだ。


「でも、なんだかもったいない気もするなー。小杖ちゃん、真魔ギルドに入ってたらきっと人生安泰だったのにー」

「恐らくそうでしょう。ですが、研究に明け暮れる日々よりも、皆さんと冒険をしていたほうがスリリングで楽しいです」


 目と目が合う。


「絶対に」


 小杖は小さく微笑んでいた。


「あぁ、そうだな」


 こうして今回の一件に決着がつく。

 俺たちはいつものようにギルドへと帰還した。

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