第二十話 鎧の蜘蛛
「こいつはまたデカいな」
樹木から樹木へとかかる巨大な蜘蛛の巣に鎮座する鎧蜘蛛。
奴は俺たちを見据えると蜘蛛の巣を大きく揺らし、跳ね返るように跳躍する。
「トランポリンかよ」
跳ねた先にあるのは、また別の蜘蛛の巣。
樹木の幹がしなり、鎧蜘蛛の巨体を支えて大きく揺れた。
そして、間髪入れずに更に跳ぶ。
四方八方に張り巡らされた蜘蛛の巣へと何度も飛び移り、俺たちを攪乱する。
「ど、どうしたら」
「落ち着け、大丈夫だ」
さっき獲得した虫特攻のお陰で、動きは読める。
「自信を持て、倒せる相手だ」
「……はい!」
深呼吸をし、朝陽は光剣を展開した。
それに反応したのか鎧蜘蛛の挙動が変わる。
蜘蛛の巣を深く体重を掛け、自身を弾丸として射出した。
「氷点下」
スキルを発動し、分厚い氷壁をせり上げる。
それと正面から衝突した鎧蜘蛛は氷を打ち砕き、地面を削るように停止した。
「仕掛けるぞ!」
「はい!」
鎧蜘蛛が立ち上がるまでの隙に打って出る。
駆け出すと共に冷気で氷柱を無数に作り、一斉に解き放つ。
しかし、鎧蜘蛛と言われるだけあって外骨格が硬い。
氷柱は当たった端からすべて壊れてしまい、ダメージにはならない。
「生半可な攻撃じゃ無理か」
顔を顰めていると頭上を通って光剣が俺を追い越した。
闇を引き裂く光の剣が剣撃を叩き込むも、やはり刻んだ傷は浅い。
ジャイアントクラブの時と同じだ。
「これはどうだッ」
起き上がり掛けた鎧蜘蛛に見舞うのは、クレイゴーレムを練り上げて作った粘土腕。
拳を握り締め、渾身の一撃を頭部に見舞う。
その衝撃に鎧蜘蛛は大きく仰け反ったが、その外骨格にはひび一つ入らない。
「クチチチチチチチチチチ」
奇怪な声を上げ、攻撃を耐えきった鎧蜘蛛は口から太い糸を吐く。
それは俺や朝陽に向けられたものではなく、樹木のてっぺんに向けられたもの。
鎧蜘蛛は糸を勢いよく吸い込むと、自身の巨体を浮かせて振り子のように移動する。
「そんなことまで出来るのか」
驚いたのも束の間、鎧蜘蛛は蜘蛛の巣へと帰還し、再び飛び移り始める。
今度は無闇に突っ込んでくることはしないだろう。
「なにをしてくる?」
鎧蜘蛛の次なる手は糸。
束ねて重ねて編んだ蜘蛛の網。
それがまるで波のように俺たちを呑もうとする。
「朝陽!」
「はい!」
俺は冷気を、朝陽は光剣を、蜘蛛の網に放つ。
凍結して固まったところを光剣が砕き、どうにか対応する。
だが、この一度きりでは終わらない。
跳ねた鎧蜘蛛は別の蜘蛛の巣からまた網を吐く。
あらゆる角度から何度も網が吐かれ、周囲は次第に蜘蛛の糸で埋め尽くされていった。
「こ、このままだと」
「あぁ、不味いな」
対応できてはいるが、それだけだ。
この状況を抜け出す方法を考えないと。
炎上覚悟で火炎を使うか? いや、後の消火が出来ないなら、この場にいない二人まで危険に晒すことになる。
「えい!」
冷気で浴びせかけられる糸の網を凍てつかせていると、隙間を縫うように朝陽が光剣を放つ。
狙いは蜘蛛の巣。機動力の源であるそれを光剣が切り裂いた。
「クチチチチチ」
だが、それは瞬く間に修復されてしまう。
クレイゴーレムを絡め取って繭にした時と同じ。
糸自体が生きているように動き、切れた部分を繋ぎ直した。
「駄目……」
「いや、狙いはいい」
蜘蛛の巣をどうにか出来れば戦況を変えられる。
そのためには――
「ちょうどいいスキルがあった」
周囲の糸の網を凍結させ、スキルを切り替える。
左手に宿すのは圧倒的な挟力を持つ、ジャイアントクラブの鋏。
それが粘土腕と同様に、俺の頭上に浮かび上がる。
「怪力鋏」
俺の動作に合わせて鋏が飛ぶ。
狙いは蜘蛛の巣ではなく、それを支える樹木のほう。
鋭利な刃が樹木の幹に食い込み、怪力で真っ二つに斬り倒す。
樹木が倒れると共に糸が引き千切れ、いくつかの蜘蛛の巣が崩壊する。
支えがなければ修復しても蜘蛛の巣としては機能しない。
「よっし、このまま!」
死命を地面に突き立て、右手にもジャイアントクラブの鋏を宿す。
右手と左手、両方が鋏となり、次々に蜘蛛の巣の支えになっている樹木を切り倒す。
「クチチチチチチチチッ」
流石にそれだけやられて鎧蜘蛛も黙っていない。
残存する蜘蛛の巣に乗り、大量の糸が吐かれ、天を覆うほどの網が落ちてくる。
再び、スキルを切り替えるべきだと思った刹那。
「させない!」
朝陽の光剣が十二に増える。
それらはそれぞれ個別に動き、天を覆う網を切り刻んでいく。
「助かった」
「はい!」
これで気兼ねなく切り倒せる。
「これでラスト!」
最後の樹木を切断し、蜘蛛の巣は完全に崩壊した。
身の拠り所をなくした鎧蜘蛛はしようなく地面に足を下ろす。
「一気に畳みかけるぞ!」
「合わせます!」
突き立てた死命を握り締め、鎧蜘蛛へと迫る。
「クチチチチチチチチ」
吐き出される糸は冷気を宿した刀身で簡単に断ち切れる。
それを見て逃げようとしたのか、鎧蜘蛛は天に向かって糸を吐く。
また振り子になって逃げようとしているみたいだ。
「朝陽!」
「任せてください!」
一度見たことをそう何度もさせるほど抜けてない。
天に伸びた糸は光剣によって断ち切られてどこにも届きはしなかった。
逃走が失敗に終わり、その隙をついて至近距離に踏み込む。
「怪力鋏」
懐で両手にジャイアントクラブの鋏を宿し、下から突き上げるように挟む。
刃は深く食い込み、亀裂を走らせ、脚の数本を落とす。
だが、外骨格の切断にはいたらない。
「クチチチチチチチチチチッ」
藻掻き苦しむ鎧蜘蛛が暴れ、無差別に糸を吐き続ける。
それが地面を満たし、蠢き、持ち上げる俺の足下にまで迫った。
「往生際の悪い奴め」
更に力を込めるも、やはり切断まで持っていけない。
このままだと繭にされるほうが早いか。
「総也さん!」
名を呼ばれると共に、視界の端にいくつもの光剣を見た。
それらは一つとなり、特大剣として振り下ろされる。
その重い一撃は亀裂をなぞるように放たれ、鎧に深い太刀傷を刻む。
「でかした!」
朝陽の太刀傷に挟力が加わり、新たな亀裂が幾つも走った。
鎧のような外骨格は無数の亀裂を経て砕け散り、内部に刃が侵入する。
外は硬くとも内部は柔らかい。
鋏はついに閉じられ、鎧蜘蛛を真っ二つに切断した。
「クチチチ……チチァ」
断末魔の叫びを上げて、鎧蜘蛛は息絶える。
地面で蠢いていた糸も活動を停止し、安堵の息が漏れた。
「総也さん! 無事ですか!?」
「あぁ、なんとかな。朝陽のお陰だ、ありがとな」
「そ、そんな……えへへ、やった」
照れくさそうな笑顔が見られると、例の電子音が鳴る。
「ミッション達成、夜の蜘蛛」
達成条件、鎧蜘蛛の討伐。
報酬、スキル蜘蛛の巣。
予想通りというか、期待通りというか、そんなスキルだった。
「さて、二人のことも心配だ。戻ろう」
「はい。無事を知らせにいきましょう」
最後に鎧蜘蛛の魔石を回収し、残してきた二人と合流した。
「よかったー!」
「心配しました」
感動の再会もそこそこに、俺たちはダンジョンを後にする。
第六階層への到達に資源回収も達成。
今日できることのすべてを終わらせて見た空は夕焼けに染まっていた。
朝陽の姉の美月がくる時間だ。
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