第二話 ダンジョンからの脱出
息も絶え絶えになり、いよいよ足腰が立たなくなる。
「あぁ、くそ……やっと、わかったのに」
目眩がする。吐き気もする。息苦しくて手足の末端が痺れてきた。
身近に死を実感して心臓が激しく脈打つのがわかる。
「まだ、死ねない……」
近くの岩に背中を預け、雑嚢鞄の中身を探る。
こんな時のために色々と準備してきたんだ。
なにかあるはず。
「あった……止血できる」
止血魔法薬。医療魔法が施された薬で飲めば出血を抑えられるはず。
「まず……」
止血薬を飲み干し、空瓶を投げ捨てる。
これで時間稼ぎは出来たはず。
でも、まだだ。
脇腹の重傷、腕の噛み傷、背中の刺し傷、その他もろもろ。
負傷が多すぎて手持ちじゃ応急処置すら不十分だ。
ダンジョンから脱出するまで命が持たない。
「たしか……薬草が、自生してた、はず」
できる限りの応急処置を施し、曖昧な記憶を頼りに移動する。
岩肌の景色に混ざる微かな緑を辿っていくと、地面に土が混ざり始めた。
そのまま進めば緑に覆われた空けた空間に辿り着く。
「ここにあるはず」
痛む体に鞭を打って歩き、薬草を探して視線を這わせる。
すると、見覚えのある葉の形をした植物を見た。
「あれだ!」
足を引きずりながら駆け寄り、摘み取ろうと手を伸ばす。
だが、どうしたことか手が届く寸前でその薬草は掻き消えてしまう。
「な、どういう……」
すぐにその近くを見渡し、また別の薬草を発見する。
だが、それも手を伸ばそうとした矢先に忽然と姿が消えた。
次も、その次も、薬草が見つかり次第、消失する。
それが十回ほど続き、またあの電子音が鳴り、目の前に文字が浮かぶ。
「ミッション達成……薬草の知識」
達成条件は薬草を十個採取。
報酬はスキル薬草師。
「スキル? もしかして」
ゴブリンの大群に遭遇する前にも電子音は聞こえていた。
初めて魔物を討伐した時だ。
それに思い当たった瞬間、目の前に新たに枠が開く。
スキル一覧と書かれた枠にはスキルが三つ並んでいた。
実績解除
四次元蔵
薬草師
「アイテム……」
薬草が消えた理由はこれか?
指先で触れてみると詳細が開く。
そこには薬草×10と表示されていた。
薬草の文字に触れると、目の前の空間が引き裂かれたように開く。
そして異次元から放り出されたように、薬草が十個現れた。
「こういうことか……なら」
薬草を拾い上げると、習ったこともない知識が湧いて出てくる。
薬草師のスキル効果だ。
「これと相性がいいのは……」
周囲に目を向けると、先ほどとは違う景色が広がっていた。
それまで雑草とした認識していなかった植物が薬草へと見え方が変わる。
「あれだ」
視線の先で目的の薬草を見つけると、例によって掻き消える。
「あれと……あれも」
視線で対象を指定するとスキルが自動で回収してくれるらしい。
この機能を使って次々に薬草を採取し、異次元から取り出した。
それを繰り返していると、また電子音がなった。
「ミッション達成、呪い花……これか」
薬草の調合用として採取した呪花がちょうど十本ある。
報酬は花吹雪というスキル。
「とりあえず、後回しだな」
今は傷の手当てが最優先だ。
「――よし、これだけあれば」
必要な物が揃い、あとは磨り潰すだけ。
道具は水筒の蓋と剣の柄で代用した。
荒いがどうにか磨り潰せ、それを一際大きな葉に乗せて傷口に当てる。
「ッ――くぅ……」
強烈に染みて痛いが、これでどうにか持ち堪えられそうだ。
包帯をキツく巻いて固定し、足腰に力を入れて立ち上がる。
「帰ったら……あいつをぶん殴ってやる……」
剣先を引きずりながらも、ダンジョンの出口を目指す。
ダンジョンと地上は転移魔法陣で繋がっていて、新人は第一階層にある魔法陣からしか帰還できない。
ダンジョンに入るために使った魔法陣は近くにあるはず。
そこまで行ければ地上に戻れる。
「あと、すこし」
もうすこしで魔法陣が見えてくる。
動かす足にも力が入り、体を前へと推し進めた。
だが、立ちはだかる者が現れる。
「ギュルルルル」
人の倍近くある体格に、継ぎ接ぎの鎧姿。
丸太のように太い右手には刃毀れした大剣。
形相は鬼の如く、子分であるゴブリンを多数従えていた。
「ゴブリン……ソルジャー」
ゴブリンの血の臭いにでも引き寄せられたのか。
それとも仲間の敵討ちなのか。
どちらにせよ待ち構えていたように、ゴブリンソルジャーはそこにいた。