第十七話 緊急の離脱
朝陽の姉、美月。
身なりを見るに冒険者に違いない。
察するに妹の心配をして様子を見に来たってところか。
だとしたら、印象はよくないだろうな。
なにせ、このボロギルドだし。
「まぁ、中へどうぞ」
「お邪魔します」
中に招いて朝陽のもとへ。
途中、ちらりと不格好に塞いだ床を見られたが、彼女はなにも言わなかった。
「朝陽」
呼ぶと支度を終えた朝陽が部屋から出てくる。
「はい。準備はもう――」
言葉が途切れ、朝陽の目が見開かれた。
酷く驚いた様子を見せ、手に持っていた荷物が落ちる。
「お姉ちゃん……」
「久しぶりね、朝陽」
その様子は姉妹の再会というには、あまりにもぎこちないものだった。
§
「うわー、朝陽ちゃんのお姉ちゃんかー」
姉妹で会話する様子を遠巻きに眺めつつ、伊吹は嫌な物でも見るような表情をする。
「どういう人なんだ?」
「すっごく厳しい人!」
「なるほど、それでか」
姉妹なのに朝陽のほうはかなり萎縮しているように見える。
弟妹にとって兄姉という存在はかなり大きいと聞く。
「朝陽さんの話ではお姉さんの影響で冒険者になったとか」
それを聞いて、改めて朝陽を見る。
「その割には妙な感じだな」
今の朝陽からは憧れや夢のようなものは感じない。
ただひたすらに耐えているような、そんな印象を受ける。
「――そんなっ」
「話は終わり。仕事があるから、帰るわね」
最後に一波乱あったようで、姉の美月は取り合おうともせず席を立つ。
「お邪魔しました」
一言言い残して彼女は帰っていく。
残された朝陽の表情は浮かないものになっていた。
§
ダンジョンの第五階層は濃い緑に覆われていた。
通路を形成する壁には無数の蔦や蔓が絡み、天井には逆さに生えた花が咲いている。
足下に這う木の根に足を取られないように注意しつつ、第六階層を目指す。
そんな中、朝陽はずっと浮かない表情をしていた。
「なにか聞いてないか?」
「私はなにもー」
「私もです。家族間のことですから聞きづらく」
「だよな」
落ち込んでいるのは火を見るより明らかだが、踏み込んでいいものか迷う。
俺にだって触れられたくないことはあるし、デリケートな問題だ。
朝陽が自力で解決するか、助けを求めてくれるまでは見ていることしか出来そうにないか。
「まぁ、その分俺たちがカバーしよう。この辺は植物に紛れた魔物も多いから――」
顔を上げて注意を向けようとした刹那に気がつく。
視界の中央に納めた朝陽の後ろ姿。そのすぐ側に魔物がいる。
植物に化けた食虫植物のような魔物。それが蔦の首を伸ばし、葉の牙を剥く。
「朝陽!」
叫んで危険を伝えるが、すでに遅く。
牙は朝陽の片足に食らいついた。
「あうッ!?」
衣服を貫き、柔肌を裂き、溢れ出る鮮血が牙を濡らす。
悲鳴が耳に届いた頃には、腰の鞘から死命を引き抜いていた。
抜刀からの一閃が、蔦の首を刎ね上げる。
胴体から切り離された魔物は咬合力を失い、地に落ちた。
「大丈夫かッ」
ふらつく朝陽を抱きかかえ、傷の様子を見る。
血で汚れ、裂けた衣服から見える傷口は痛々しい。
とりあえず、止血しないと。
「止血薬だ。ゆっくりで良いから」
「は、はい」
雑嚢鞄から取り出した止血薬を朝陽に渡し、アイテムボックスのスキルで空間の裂け目を作り、ほかに必要なものを取り出す。
裏切られたあの日から、こんなこともあろうかと準備はしていた。
手早く止血し、応急処置を施していく。
「朝陽ちゃん!」
「朝陽さん!」
二人も遅れて駆けつける。
「二人は周囲を警戒してくれ、血の匂いで魔物が寄ってくる」
「あ。は、はい!」
「目をこらします」
安全確保を二人に任せ、応急処置を済ませた。
流血も押さえられたし、とりあえずこれで安心だ。
回復スキルの再生が使えればいいが、あれは俺個人が対象で他者には使えない。
医者に診せて医療スキルを施してもらわないと。
「痛みはどうだ?」
「はい、さっきよりは」
「そうか。よかった」
止血薬も全部飲めたな。
「今回はここで撤退だ。一番近い魔法陣で帰ろう」
「はい!」
足を負傷した朝陽を横抱きに抱えて踵を返す。
粘土細工のスキルで周囲をより警戒させつつ魔法陣へと向かう。
「すみません……ごめんなさい……」
今にも消えてなくなりそうなほどか弱い声音で朝陽は何度も同じ台詞を口にする。
「気にしなくていい。俺の落ち度だ」
そう慰めて俺たちはダンジョンから撤退した。
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