第十三話 貝好きの出現
「それっ!」
颶風が風の刃となって襲い来る魔物を引き裂いて駆け抜けた。
上機嫌の伊吹は先頭に立ち、ダンジョンの通路を進んでいる。
それを後ろから眺めつつも、頭の片隅では別のことを考えていた。
「しかし、どうしたもんか」
伊吹が持ってきた雑誌には、そこそこ有名なデートスポットが載っていた。
昼は食べ歩きが楽しく、夜には綺麗なイルミネーションが見られる雰囲気のいいところだ。
それ自体に問題がある訳ではないが、どうもあそこには行きづらい。
「もしかしてデートの悩みですか?」
「ん? あぁ、ダンジョンの中で考えることでもないけどな」
すでに第二階層も佳境だ。
伊吹は涼しい顔で突き進んでいるが、現れる魔物は確実に強くなっている。
「人並みに経験がお有りと聞きましたが」
「そうだよ。だからって言うか……」
「だからとは?」
小杖に聞き返されて、思わず閉口してしまう。
話してよいものか、だが二人の意見は欲しい。
ここは正直に言うべきか。
「行ったことある場所なんだよ」
「――もしかして恋人と?」
「昔のな」
冒険者になる前、まだ亜紀と恋人だった頃に行ったことがある。
「すでに下見が済んでいるのならば悩む必要もないように見えますが」
「いや、そうなんだけど。そいつは昔の恋人のために練ったプランだから、そのまま伊吹に流用するのもなって」
そう言うと二人から沈黙が帰ってくる。
「え、なんだ? どうした」
「いえ、よい心掛けだなと」
「きっと伊吹も喜びますよ」
「だと良いけど」
しかし、参った。
当時の俺なりに練りに練ったプランだ。
それと被らないようにするとなるとかなり趣向を凝らさないと。
「あの、総也さんの昔の恋人って、もしかして今朝の女の人ですか?」
「……どうしてそう思った?」
「総也さんの呼び方や視線、仕草、言葉遣い。理由付けはいろいろと出来ますが、一番は女の勘です」
「末恐ろしいな、それは」
女の勘はよく当たるとは言うが。
「まぁ……そうだよ」
下手な言い訳はせずに素直に認めた。
「どうして別れちゃったんですか?」
「ギルドを立ち上げたのと何か関係が?」
「あー……」
答えづらい質問に答えあぐねる。
二人とも俺の過去を知っていれば、こんなことは聞かないだろうけれど。
知らないものはしようがない。
どう答えたものかと頭を巡らせていると。
「おーい! 開けた場所に出ましたよー」
先頭をいく伊吹から助け船がくる。
これ幸いとそれに乗っかることにした。
「ほら、行くぞ。第三階層だ、資源があるかも知れない」
「あ、はい。わかりました」
「うまく躱されてしまいました」
伊吹に感謝しつつ側まで駆け寄り、開けた場所に目を向ける。
丁度ダンジョンの境目に位置し、岩肌の地面が白砂へと置き換わっていた。
その先の天井には自ら光を放つ鉱石の鉱脈があり、真昼のように明るい。
白い砂を視線でなぞると、青い水が目に入る。
寄せては返す波を作るそれは海とも呼ぶことが出来た。
「わぁー。海ってこんな感じなんだー」
海を目にして伊吹は目を輝かせ、我先にと砂浜に足跡を付ける。
二人も笑みを浮かべて砂浜に繰り出し、押し寄せる波から逃げたり、貝殻を拾い上げたりと、海を楽しんでいた。
本当なら注意するところだけど、その分、俺が警戒して置けばいいか。
「総也さーん! こんなに大きな真珠が落ちてましたよー!」
伊吹が両手で持ち上げたのは、バスケットボールほどの大きな真珠。
鈍色に光るそれは形も良く、売れば大金になりそうだった。
ただそれを見た瞬間、俺には嫌な予感がした。
「三人とも警戒してくれ」
そう告げて腰に差した得物に手を掛け、三人の側に駆け寄る。
「どうかしたんですか?」
「あぁ。真珠は普通どうやって出来る」
「えっと、真珠貝の中ですよね」
「じゃあ、どうして砂浜に落ちてる?」
そう問うと三人の顔つきが変わった。
「これだけ大きな真珠だから、真珠貝も相当大きいはずだよね」
「はい。そしてその大きな真珠貝を、何らかの魔物が襲ったと考えられます」
「だからこれがここに落ちてたってことは、この近くに?」
伊吹がそう言った直後、砂浜の一部が動く。
地の底から何かが這い上がるように盛り上がり、弾けたように白砂が舞う。
その最中に現れたのは見上げるほど大きく堅牢な鎧を身に纏い、左右に鋭利な得物を携え、尖った多脚で自らを支える甲殻類。
ジャイアントクラブ。
まだ一度も倒したことのない魔物だ。
「貝好きのお出ましだ」
その強靱な鋏で貝殻を割り、中身を捕食した。
魔物に取って真珠は異物でしかないから、放り投げでもしたのだろう。
だから砂浜に巨大な真珠が転がっていた。
「総也さん。この魔物を倒したらデートですよ! デート!」
「あぁ、わかってる。準備はいいな? 三人とも」
「はい!」
良い返事がして、俺も得物を引き抜く。
「じゃあ、倒すぞ!」
抜き身の死命が凛とした風斬り音を鳴らし、開戦を告げた。
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