第十二話 過去の仕打ち
「わーい! やったー!」
満面の笑みを浮かべて、伊吹は卵焼きを頬張った。
「どこに行きたいんだ?」
「私、前から行きたいところがあったんですよー! ご飯食べたら私の部屋から雑誌持ってきますね」
「あぁ、わかった」
そう返事をして味噌汁を啜る。
うまい。
茶碗を置くと朝陽と小杖の視線に気がつく。
驚いたような妙な顔をしていた。
「どうかしたか?」
「い、いえ、べつに」
「大したことでは」
「そうか? ならいいけど」
そうして朝食を食べ終え、伊吹は自分の部屋に戻っていった。
「あ、あの」
キッチンで食器を洗っていると、隣に朝陽がくる。
「一応、聞いておきたいんですけど。するんですよね? 伊吹とデート」
「あぁ。なんでそんなことを?」
「どんなデートですか?」
「どんなって……まぁ、伊吹の目的によるな。武具の相談ならある程度答えられるし、消耗品が見たいなら評判のいいブランドを幾つか知って――」
「……はぁ」
そう話していると、なぜだか長いため息が朝陽から出る。
頭も抱えているように見えるけど。
「総也さんは恐らく勘違いをしています」
「うおっ、いつから」
気づかないうちに隣に小杖がいた。
「朝陽さんが話しかけている時にはすでに」
「そりゃびっくりだ」
床がよく軋むのに忍び足だ。
「で、勘違いって?」
「伊吹さんの言うデートは本来の意味でのデートです」
食器を洗う手が止まる。
「……先輩冒険者にアドバイスを求めるほうのデートじゃない?」
「たしかにそれを俗にデートと言ったりしますが違います」
「……あー、そりゃ不味いな」
流れ出る水を止めてタオルで拭う。
「訓練校時代はよく後輩から誘いがあったんだが、完全にその感覚で返事してたな……今から勘違いしてたって話すのは……」
二人が同時に首を横に振った。
「だよな。それはない。わかってた」
俺の勘違いで伊吹に恥をかかせたくない。
そう考えていると、例の電子音が鳴る。
「緊急ミッション……」
ミッション名、デート大作戦。
達成条件、風間伊吹とのデートを成功させる。
「……とにかく、プランを考えないとな。いや、行きたいところがあるんだっけ。じゃあ、それに合わせつつ……」
頭の中でいろいろと思考を巡らせていく。
「……なんというか、慣れてるんですね」
「デート? そりゃ、まぁな。人並みには」
「総也さんの恋愛経験、気になります」
「わ、私も、すこしだけ」
「駄目だぞ。言わない。もう終わったことだし、今はフリーだ」
そう言い終わったタイミングで、来客を知らせるベルが鳴る。
「天の助けだ」
すぐに足をそちらに動かして二人から逃げ出した。
「あ、逃げられちゃった」
「恋愛、気になります」
また追及されそうだと思いつつ、玄関扉を開けて外に出た。
そして、その先に待ち受けていたのは、恐らくこのタイミングで一番会いたくない相手。
「お、おはよう。総也」
亜紀。
元ギルドメンバーで、元恋人だ。
「なにしに来た」
階段を下りはせず、玄関扉を閉めた。
「聞いてほしいことがあるの」
そう言って階段を上ろうとする。
「止まれ。ギルドの敷居を跨がれたくない」
「……わかった」
亜紀はゆっくりと階段に掛けた足を下ろした。
「私、あの日のことをずっと後悔してるの。酷いことをしたと思ってる。でも、しようがなかったの。総也は大怪我をしててびっくりするくらい血が出てた。このまま無事に帰れても助からないかもって、だから」
「だから、見捨てて自分たちだけで逃げた? 俺を置き去りにして」
「……そう。でも、総也は戻ってきた。ねぇ、私たちきっとやり直せる。元の関係にだって戻れるはず。もし許してくれるなら、なんだってするから。お願い、許して」
亜紀の言い分を聞いて、自分の心を確かめる。
けれど、何度確認しても、許す気にはなれなかった。
「悪いが、帰ってくれ」
「総也!」
「そっちの言い分は聞いたよ。自分の非を認めたように見せかけて結局言い訳ばかり。最後まで謝罪の言葉は出てこなかった」
「それはっ、ごめ――」
「その先は言うな。よくわかったよ。あの日のことをどう思っているのか」
思っていた通り、いや思っていた以上に、酷かった。
「総也さーん! 雑誌、持ってきましたよー!」
ばたんと玄関扉が開いて、雑誌を片手に持った伊吹が登場する。
「あれ? お客さんですか?」
「伊吹! だから言ったのに!」
「人の話はきちんと聞いてから行動しましょう、伊吹さん」
慌てた様子で二人も現れた。
「あれ? あの人どこかで見たことあるような……」
「いいから、ほら戻るよ!」
「いや、いいんだ。ちょうど話が終わったところだから。だよな?」
そう亜紀に問う。
「……えぇ、そうね。今日のところは帰ることにする。けど、また来るから。総也」
最後に言葉を残して、亜紀は帰って行った。
「あ、思い出した! この前、アドバイスくれた人!」
「あぁ、そうだよ。それより、ほら。ダンジョンに行く準備をするぞ。はいった、はいった」
「はーい」
三人をギルドの中に押し込め、最後にちらりと道の先を見る。
帰って行く亜紀の後ろ姿を捉え、それからすぐに目をそらす。
俺の心を現すように玄関扉を強く閉めた。
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