第十話 ミッションの達成
「まずは引き剥がさないとな」
氷点下のスキルを発動し、両手に冷気を纏いつつ両者の間に割って入る。
飛び上がり、サラマンダーの巨体と目を合わせ、地面に向けて手をかざす。
「悪いがお別れだ」
冷気が氷壁をせり上げ、サラマンダーを孤立させる。
同時に粘土細工で地面から粘土槍を突き出して怯ませる。
大きくのけぞったサラマンダーを氷壁の上から確認し、次に三人組へと目を向けた。
彼女たちは自分たちの役目を果たすため、俺が背を向けたほうのサラマンダーと相対している。
それを確認しつつ氷壁から飛び降りた。
サラマンダーはこちらを鋭く睨み付け、火の吐息を吐く。
「悪いけど、速攻で片付けさせてもらう」
右手で柄に手を掛け、死命を引き抜く。
凛とした音が鳴り、左手に纏う冷気が激しさを増す。
それは空中に幾つもの氷柱を生成し、一斉に解き放った。
「シュルルルルルル……」
それに対してサラマンダーは火の吐息を束ねて長い鞭のようにしならせる。
打った地面が溶けるほど高温な一撃が流れるように氷柱の群れを蒸発させた。
けど、それも想定内。
その隙に回り込むように駆け抜けて、一息に至近距離まで踏み込んだ。
「慣れたもんだ」
握り締めた死命に冷気を流して圧縮し、刀身に氷を宿す。
「シュルルルルルル……」
打たれた火の鞭を断ち切って踏み込み、もう目と鼻の先。
身をひねったサラマンダーの鋭爪が火炎を伴って振るわれる。
その一撃がこの身に届くその前に、一閃を描いて右前足を刎ね上げた。
灼熱を纏う炎の鱗が凍り付き、サラマンダーは宙を舞う自身の脚を目で追う。
凍てついて、痛みすら感じない。
「シュルルルルルル……!」
痛みはなくても目で認識したことは理解できる。
サラマンダーは怒りに震え、恨みの篭もった火炎が燃える大口を開けて牙を剥く。
一年前の俺なら、はき出される火炎のブレスは脅威だった。
だが、今の俺には脅威に思うほどの火力はない。
ヘルハウンド千体討伐ミッションの報酬、火炎耐性+2をすでに持っているからだ。
「速攻だって言ったろ」
火炎ブレスを突っ切り、火傷一つない体で死命を構える。
極限まで冷やした氷の刃が、ブレスの残り火を断って静かに弧を描く。
冷たい一刀は熱い牙を断ち、炎の鱗も灼熱の血も烈火の骨も斬り裂いて過ぎる。
サラマンダーの命の灯火はたちまちに凍てついて、その命は停止した。
「よっし。まぁ、こんなもんだろ」
血液まで凍り付いて、刀身には穢れ一つない。
美しいままの刃を鞘に仕舞うと、例の電子音が鳴る。
「ミッション達成、サラマンダーキラーっと」
達成条件はサラマンダーの十体討伐。
報酬はサラマンダー特攻+1だ。
ちなみに初めて討伐した時にはスキルの火炎の吐息が手に入った。
炎天下のスキルが変質する形で顕現したから、強化扱いなのだろう。
「さて、向こうはどうなった」
こちらが片付き、あちらに意識を向ける。
「――こりゃ不味いか」
サラマンダーは火炎を吐いていた。
燃え盛る灼熱を受け止めているのは重ねられた光剣だ。
日輪が必死に火炎を受け止めている。
回避ではなく防御を選んでいるのは、その後ろに守るべき者がいるから。
真道は崖に手を伸ばし、溶岩に落ちかけている風間を繋ぎ止めていた。
「だ、大丈夫!? 落ちてないよね!?」
「平気、です。寸前のところで、掴まえました」
察するにサラマンダーに吹っ飛ばされでもしたか。
「えへへ。今のはちょっと危なかったかも」
崖から宙づり状態なのに、風間は余裕そうだった。
それだけ仲間を信頼しているってことらしい。
かつての俺みたいに。
「ちょっとどころじゃないよ! でも、無事ならよかった」
「今、引き上げます」
「お願い! こっちも……キツいっ」
火炎で光剣が燃え尽き始めている。
助けに入ろうとも思ったが、その前に風を纏った風間が崖から飛び上がった。
「ふぅ……私、復活! 行くよ、二人とも!」
「もう、調子いいんだから」
「伊吹さんらしいです。行きましょう」
どうやら助けはいらないみたいだ。
「私がいつでも一番乗り!」
颶風が火炎を掻き消し、跳び上がった風間がサラマンダーの頭上を取る。
繰り出すのは回転して遠心力が乗った踵落とし。
叩き付けるような風を伴う一撃によって、サラマンダーの巨体が地面に叩き付けられる。
地面は砕け、陥没した。
「朝陽ちゃん!」
「任せて!」
風間が飛び退くのに合わせて、日輪の光剣が展開される。
光の雨が降り、十二本の刃がサラマンダーの身を貫いて地面に縫い付けた。
「小杖!」
「了解です」
返事をし、真道は魔法を唱える。
「太陽を喰らう者 雨の瞳 雲の鱗 雷の爪牙 嵐の咆哮 天昇りて覆い 地に満ちて沈む」
小杖を中心に水飛沫が舞い、それは水の龍を形作る。
それを見てサラマンダーは立ち上がろうとするが、突き刺さった光剣がそれを許さない。
「流転天制」
飛沫を上げる水龍が咆哮を放ち、牙を向いて食らいつく。
突き刺された患部から血液を吹き上げながら、サラマンダーは火炎を吐いた。
その精一杯の抵抗は水龍によってたやすく食い破られる。
火炎を超えて定めた対象へ。
水龍はその大口でサラマンダーを呑み、天へと昇ってその役目を果たす。
ズタズタに引き裂かれたサラマンダーの亡骸が落ちた。
「勝ち、ましたぁ」
勝利宣言のもと、小杖が腰を抜かす。
「やったー! 私たちの勝ちー!」
「そうだね。勝ち勝ち!」
二人が手を貸し、小杖は立ち上がる。
多少、よろけているものの、自分の足で立てているようだ。
「お疲れ。よくやったぞ、二人とも」
「えへへー、そうでしょ、そうでしょ? 私たち、結構やるんです!」
「結構やります」
「三人ずっと一緒だったもんね。連携ばっちり」
たしかに良いチームワークだ。
それに窮地に陥っても誰一人として見捨てようとはしなかった。
本当なら俺たちも――いや。
「……そうだな」
そう独り言を呟いて、考えを改める。
「風間、日輪、真道」
名前を呼ぶと、三人と目が合う。
「本当のことを言うと、適当な言い訳をして不採用にしようと思ってた」
「えぇ!?」
「まぁ、待て。話は最後まで聞け」
驚くのも無理はないけど。
「でも、三人を見て考えが変わった」
彼女たちなら仲間を見捨てたりしない。
俺にそう思わせてくれた。
「まだ俺のギルドに入る気があるなら、喜んで採用するよ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、そっちがよければだけど」
「――やったー!!」
三人の声が揃い、喜びの声がダンジョンに響く。
その喜びようと言ったら、まるで子供みたいだ。
一気に精神年齢が下がったように見える。
「私たち、ついに冒険者だよ!」
「うんうん、夢が叶った!」
「これからもっと頑張りましょう。冒険者として」
将来を夢に描き、自らに希望を抱く。
一年前の俺の姿がそこにあるように思えてならなかった。
「夢か……」
自分たちで立ち上げたギルドを一番にすること。
あの日、その夢は打ち砕かれて消えたと思ってた。
けど、たしかにまだこの胸に残っている。
消えかけた微かな残り火でも、夢は夢。
「目指してみるか」
叶えるために冒険者になったんだ。
「――さて、喜び合うのもそこまでにしとけ。ダンジョンだぞ、ここ」
「あっ、そうでした」
自分たちの居場所をようやく思いだし、三人は我に返る。
「ほら、魔石回収だ。そのあと、ギルドに帰ろう」
「はい!」
三人がサラマンダーの魔石を回収しに向かう最中、例の電子音が鳴る。
「ミッション達成、帰るべき場所」
達成条件、ギルド所属人数を二人以上にする。
報酬、再生。
「生まれ変わったってか……かもな」
そんなことを思いつつ、俺も倒したサラマンダーの魔石を回収した。
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