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「――さて、冴木先輩も来た事だし一緒にDVD見ませんか?」
アトランティスを受け取った倉敷は別荘のページを開いたまま裏側に置くと、改まって話題を変えた。
「DVD?」
「はい。実は昨日の帰りにレンタルビデオ屋に寄ったらいいものが見つかったんですよ」
「いいものって、もしかしていつもの……」
「ちょっと待ってくださいね。今から探しますから!」
DVDの内容を確認する前に倉敷は屈んで、足元に置いてある鞄の中をゴソゴソと物色し始めた。
「…………」
後輩に無視されたような気がする……。が、そんな事は特に気にすることもなく倉敷がDVDを出すのを待った。
待つこと数秒――。
「あ! ありました!」
倉敷はそう言いながら上体を起こすと、鞄の中から見つけたそのDVDを倉敷は満面の笑みで渡してきた。
「これです。私が昨日見つけたDVDは」
倉敷からそれを受け取って、呆れ果てた。
「やっぱりこれか……」
今手に持っているDVD、それは〈呪いの心霊映像〉というものだった。〈呪いの心霊映像〉とは、レンタルビデオ屋さんに昔からある一般投稿系の心霊動画だ。一般投稿だからこその信憑性と、見る人の恐怖をうまく引き出す編集が相まって今では29巻もの作品が作られるほどの人気作である。
「これを見てもいいですよね? ね!」
そんな心霊DVDを見たいと訴えてくる倉敷。そう……彼女は誰よりも幽霊や心霊現象を人一倍信じている心霊主義者なのだ。
嫌だと言っても絶対にDVDを流れるので自分はしょうがないなと返事をする。
「うん、別にいいよ……」
「やった!」
倉敷は小さくガッツポーズした。
そんな嬉しがる倉敷に自分は手に持っているDVDを返そうとするその時、ふとある疑念が過る。
「これってもしかして三日前に見たものと同じもの?」
「いいえ、これは違いますよ。この前見たのは29巻で、ポルターガイスト現象を中心とした内容です。そして今、冴木先輩が持っている最新作の30巻はラップ現象や霊の声、さらには電子音声現象の実験といった〝音〟に関する内容のDVDですから」
「そうなんだ……これ30巻なんだ……」
確かにDVDをよく見てみると30の数字があった。どうやら自分が知らない間に〈呪いの心霊映像〉は30巻目を出していたらしい。改めて倉敷にその30巻目の〈呪いの心霊映像〉のDVDを返しながら、その内容について尋ねる。
「で、29巻と何が違うの? 前、倉敷に教えてもらったポルターガイストには〝物を動かす〟〝自然発火を起こす〟〝音を鳴らす〟などの現象を起こすって言っていたけど、この30巻のラップ現象もそのポルターガイスト現象と同じようなものじゃないの?」
その質問に倉敷は分かっていないなあ、と笑みを浮かべて首を横に振り得意げに説明する。
「全然違いますよ。いいですか、確かに冴木先輩が言うように〝音が鳴る〟っていう点では二つは似ていますが実はその性質は全く違うんですよ。何が違うのかというと、ポルターガイスト現象は幽霊が自分の領域に入った人間を追い出そうとするときに使う〝警告〟で、そしてラップ現象はポルターガイスト現象と違って幽霊自身が私たちに見つけてほしい、気付いてほしいときに出す〝合図〟なんですよ。〝警告〟と〝合図〟……。ここがポルターガイスト現象とラップ現象の大きな違いです。分かりましたか?」
「あ、ああ……何となく」
ボルテージが上がってきた倉敷はさらに声音を上げて続ける。
「ちなみに、警告を出してくる幽霊には悪霊というのもいます。これは警告の後、実害を加えてきます。精神に憑いて魂を汚染してきたり、又はガラスを割ってきてそのガラス片で直接危害を与えてきたりします。だからもし、警告されたら絶対に近づかない方が良いですよ」
「わ、分かった。近づかないでおくよ……」
「お願いしますね。本当に危ないですから」
倉敷の熱弁に気圧されつつ自分はゆっくりと頷いた。
説明し終わった倉敷は一時愉悦に浸るようにその場で佇んでいたが、暴走してしまったことに気が付いたのか顔を赤くさせ、小さな体を縮ませた。
「……す、すいません」
「別に謝らなくてもいいよ」
呆然としていた思考をすぐに切り替えて、後悔しているだろう後輩に対して何か気の利いた言葉を探す。
「……と、とりあえず、それ見ようか。新作なら俺も気になるし」
「そ、そうですね。見ましょうか」
倉敷は少し恥ずかしそうにしながらも頷くと立ち上がり、窓際に置かれている十四型ブラウン管テレビと一昔前のDVDプレーヤーの側にそそくさと近づいていった。
「準備するので待ってください」
こちらを振り向くことなくそう言うと、ブラウン管テレビの電源が〝プチッ〟という音と共に点き真っ暗な画面が映し出される。そうしたら倉敷は次にDVDプレーヤーに〈呪いの心霊映像〉のディスクを入れた。
DVDプレーヤーから電子音がして数秒――。
真っ暗だった画面にパッと映し出されたのは今回の怪奇音をイメージして作られたテレビの砂嵐を模したメインメニューだった。荒れ狂う砂嵐の中には幽霊らしき影も何度も映し出されていた。
「よしっ、準備できました」
そう言って倉敷は嬉しそうにこちらを振り向いた。さっきまで恥ずかしそうにしていたが、どうやらDVDを見るワクワクさが恥ずかしさなど吹き飛ばしてしまったようだ。
「じゃあ早速再生しますね?」
「うん、お願い」
「それでは、再生!」
映画前の子供のようにワクワクさせながら倉敷はDVDプレーヤーの再生ボタンを押した。
テレビの画面の砂嵐がふっ、と消えて無くなる。
倉敷が素早く自分の席に着いたところで、真っ暗テレビの画面にどこかの廃墟が映し出された。
ついに心霊映像が始まった――。