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ぎいっ、という乾いた音と共に部屋に入ると窓際に少女――もとい、少女の風貌をした小柄な女性が雑誌を読んで座っていた。
「あっ!」
入ってきたことに気が付いたその小柄な女性は振り向き、そしてそのくりくりとした目を向けながら笑み挨拶をする。
「冴木先輩こんにちは」
「ああ、こんにちは。倉敷」
ほっとするような笑顔につられ自分も頬をゆるめて挨拶を返した。
彼女の名前は倉敷舞。今年、泉陵学園大学に入ってきた新入生で、この怪研唯一の一年生だ。高校卒業してまだ半年も経っていない倉敷は幼さが残っていて、綺麗や美しいというよりかはまるで小動物のような愛くるしい顔をしていた。
少女と見間違う程の低身長に、さらにそれを助長させてしまう幼い顔……。
傍から見れば「可愛い」の一言だが、どうやらその二つが倉敷にとってコンプレックスらしく、大人に見られるべく入学当初ロングだった黒髪は明るい茶髪のボブカットに、低身長も細かいドッド柄が入ったダークなワンピースと厚底サンダルというファッションで大人の雰囲気を醸し出していた。
倉敷はぱたぱたと小さな手を煽ぎながらだれるように言う。
「今日は特に暑いですね」
「ああ、そうだな。ものすごくだるいな……。そういえば倉敷は今回のテストが初めてそうだけど大丈夫そう?」
「そうですね……分からないですね。なんて言ったって初めてですからね」
「まあそうか」
他愛もない会話をしながら六畳ほどの部屋の中央に圧迫するように置かれた二つ合わせの長机の左側――倉敷が座る反対の窓際の席――に移動する。入ってすぐ左側にある三脚が付けられたままのビデオカメラをまずは避け、段ボールを二つ跨いで、そしてようやく自分の席に着いた。
ちらりと空いた二つの椅子に目がいく。
「……二人はまだ来てないの?」
倉敷は肩を竦めて答える。
「まだ来てないですよ。でもまあ染谷先輩は遅れるのはいつもの事だと思いますし、速水先輩は……知りません。知るはずもありません!」
「そうか、二人ともまだ来てないか……」
面倒事に巻き込まれるのを覚悟してこの部屋に入ったのだが倉敷一人だけだと聞いて何だかほっと安心した。暑さでだれた体を休ませるように背もたれにもたれていると、ふと倉敷が読んでいた雑誌が気になった。
「なに読んでいるの?」
「アトランティスの今月号ですよ。見ますか?」
「そうだな。見せて」
そう言って自分は倉敷から雑誌を受け取った。
――この雑誌は〈月刊アトランティス〉といい幽霊、宇宙人、超能力、妖怪等々の様々なものを掲載するオカルト界を代表する雑誌だ。怪研はこれを随分前から定期購読しており、インターネット以外での全国各地のオカルト情報を知る一つの重要な役割を担っている。
そして先ほど跨いだ段ボール、あの中身も全てこのアトランティスだ。
「ありがとう」
倉敷から受け取り、開かれたままのページを見る。大大と書かれているタイトル、そこには思わず怪訝な顔をしてしまうことが書かれていた。
「【遇撮! 山奥の別荘に住まう霊】って、倉敷これ……」
物凄く安っぽく眉唾なタイトルに、どちらかというと幽霊を信じている方の自分でさえも疑いの目で見てしまう……。しかし倉敷はそんな眉唾なタイトルを気にすることなく目を輝かせて喋り始める。
「すごく気になりませんかその記事。軽井沢のある山の〈紅葉荘〉っていう貸別荘あるんですけど、そこで幽霊の目撃情報が多発しているらしいんですよ。ラップ音聞いたり、ポルターガイストが起きたり、さらには直接幽霊らしきものを見たりと……。貸別荘を掃除する人、何人かにインタビューしてその全員がさっき言ったような経験をしているんですから信憑性はかなり高いと思うんですよね~」
「へ、へぇ……。そうなんだ」
倉敷の熱弁に少し引き気味になりながらもペラペラとアトランティスを何ページが目を通したら、最初の別荘のページに戻してそれを倉敷に返還した。