3-7
忌避するように落下したビデオカメラからリビングのソファに移動すると染谷さんはそこに座るように勧める。自分は勧められたままにソファに座ると心落ち着かせるように一息つくとビデオカメラがあった二階ホールに顔を向ける。
「……どうして落ちて来たんですかね?」
「分からない。ホールの奥に置いてあったビデオカメラが何で落ちてきたかなんて全く想像つかないや」
染谷さんも振り返り、二階ホールへと視線を向けた。
「…………じゃないですか」
不意後ろから囁くような小さな声が聞こえてきた。染谷さんと共に振り向くとテレビが故障してからずっと同じ状態で固まっていた倉敷が今にも泣きそうなぐらい怯えた様子でビデオカメラを見つめていた。
倉敷は恐怖と後悔が混じった震えた声で言う。
「だから言ったじゃないですか。ポルターガイストって……。ここにこれ以上いたら危険ですよ」
「どういうこと?」
染谷さんが神妙に尋ねると倉敷は落ちて、散らばったビデオカメラの残骸を指差した。
「あれは、ここにいる幽霊からの警告です。『私達に早くこの別荘から出て行け』って言っているんですよ」
「『出て行け』、ねぇ……」
「そうです。ずっとここにいたら私達に危険かもしれないんです! だからすぐに帰りましょう」
「…………」
倉敷の意見に染谷さんは俯き無言になってしまった。朝帰らないと決めたはずだが、どうやら今は慎重にどうするか考えているみたいだ。
危険を冒してまで続けるか、それとも諦めて怪研が潰れてしまうのを受け入れるか。その二つの選択の狭間で揺れ動く染谷さんはしばらく口を開くことも動くことも無かった……。
染谷さんの考え事を邪魔しないように、隣にいる倉敷にそっと話しかける。
「確かポルターガイストって幽霊が何か伝えようとして起こしているんだよな。いつかDVDを見せてくれた時に言っていたけど、どんな事を伝えようとして起こしているんだっけ?」
すると倉敷は首を横に振り、さっきまで染谷さんに向けていた必死さをこちらに向けて答える。
「〝警告〟ですよ。ポルターガイストが起こった時、幽霊が私たちに伝えようとしている事は〝警告〟ですよ!」
「ああ、そうだったな。思い出したよ」
「なら今の状況がどれだけヤバいか分かりますよね」
倉敷は散らばったビデオカメラの残骸に、深刻そうに目を向け続ける。
「〝警告〟と言ってもほとんどのポルターガイストは音を鳴らしたり、物を少しだけ動かしたりするだけで、こんな風に直接人に危害を加えようとするのは滅多に無いんです。ましてや殺そうとするポルターガイストなんて……」
そう言って倉敷は震えあがり小さく縮めていた体をさらに縮めた。
二階に上がっていた速水が下りてきた。
不機嫌に、不快そうに速水はダイニングの椅子に座ると小さくため息交じりに言う。
「はあ……何も無かった」
「そうか、何も無かったのか……」
ある程度予想はしていたやはり何も無かったみたいだ。ますますビデオカメラが落ちてきた原因が分からなくなり背筋にゾッと悪寒が走った。
「ああ、そういえば。ほら」
速水はそう言ってこちらに何かを投げてきた。それは――ビデオカメラにつけていたACアダプターだった。
速水はそれを不機嫌に指差す。
「それをよく見てみろよ。ぶっ壊れているだろ」
「ほんとだ」
速水の言う通りACアダプターのビデオカメラの差込部分が壊れていた。しかもその壊れ方がまるで無理矢理千切ったように無残に中身の電線が飛び出していた。
速水は呆れながら眼鏡の奥の目を細めて言う。
「そんな風にぶっ壊れたって事は相当な力が働いたってことだ」
「そうか……」
この無残に壊れたACアダプターは常識では考えられない出来事が起きたという事を示唆していると改めて知り息を呑んでいると、隣にいる倉敷が〝ほら見た事か!〟と速水に話しかける。
「速水先輩も分かったでしょ、ここはポルターガイストが起こるって」
「俺はポルターガイストが起こったとは一言も言ってねぇだろ! ただ……何か不思議な事が起こったんだよ!」
何かとんでもないことが起こっていると速水は理解しているみたいだが決してポルターガイストだと認めることは無かった。
速水と倉敷の合間でそんな他愛無い言い合いが起こっている最中、ずっと俯き考えていた染谷さんが意を決したように声を上げた。
「よしっ……決めた」
染谷さんは言い合いする速水と倉敷の合間に入ると自分と倉敷がいるリビング、そして速水がいるダイニングに視線を送って笑って口を開いた。
「みんな、撮る事は諦めて帰ろうか」
「えっ、うそっ……」
染谷さんから発せられた言葉に自分は驚きを隠せなかった。
言い合いしていた速水と倉敷の二人も、染谷さんの言葉に気まずさを感じお互い視線を下げる……。
染谷さんはもうどうしようもないと言ったように笑って続ける。
「しょうがないよね。これ以上みんなを危険に晒すわけにはいかないからね」
「……いいんですか?」
「なにが?」
笑顔のまま分からない振りをする染谷さんだが、その笑顔はいつものニッコリとした笑顔ではなく、どこか諦めているような、悟っているような悲しい笑顔だった。
自分は一歩踏み込んで、その染谷さんの笑顔をぶち壊し本音を引きずり出すように尋ねてみる。
「このままだと本当にサークルが、怪研が潰れますよ」
「それは…………」
その言葉に聞いてやっと染谷さんから笑顔が無くなり口を真一文字に結んだ。
お通夜のような気まずい静寂が流れて――。
染谷さんはギュッと拳を震わせ、そしてとても悔しそうに内から湧く怒りを徐々に爆発させるように答えた。
「嫌だよ……。勿論怪研を存続させたいよ。だけどこの惨状を見てよ! ビデオカメラが冴木君の頭に落ちようとしたんだよ! 下手したら死んでいた……そんな所にみんなを置くことは出来ないよ!」
こんな感情的な染谷さんを見るのは初めてだった。だからこそどれだけ染谷さんが悔しがっているのかも心に深く刺さった。自分は何も言うことも出来ず、染谷さんを直視することも出来ず、ただただ俯く事しかできなかった……。
突如として落ちてきたビデオカメラは、自分たちに恐怖と衝撃、そしてそれ以上に怪研が潰れるという絶望を植え付けた――。




