3-1
8月3日――。
この日は倉敷の「きゃあ」という叫び声で朝は飛び起きた。
「どうした!?」
何も分からぬまま、とりあえず部屋を出るとホールで恐怖の顔のまま立ち尽くす倉敷の姿があった。染谷さんも起きてきて開きっぱなしの扉から長い廊下を歩いてこのホールに向かってきた。
「一体なにがあったの!?」
そう尋ねる染谷さんに倉敷は震える腕を上げながら、染谷さんが通ってきた扉を指さした。
「あ、あそこのと、扉が……」
「扉?」
染谷さんは振り返る。そして先程自身が通ってきた扉を見つめる。
「あの扉がどうしたの?」
「と、扉が……勝手に開いたんです! ポ、ポルターガイストですよ!」
倉敷の心からの恐怖ともいえる声がホールに響いた。
その尋常じゃない様子に染谷さんは寄り添い落ち着かせるように優しく声をかける。
「とりあえず一階に行って落ち着こうか」
コクンと小さく頷く倉敷。
染谷さんは背中を擦りながら螺旋階段を下りようとしたその時、ふい染谷さんがこちらを振り返った。
「冴木君お願いがあるんだけど私達の部屋のビデオカメラを取ってきて。舞ちゃんが言った扉が開いた瞬間を確認したいから。あとそれと……」
染谷さんは眼前の廊下の先の部屋――自分と速水が過ごす男性部屋に目をやる。
「速水君を起こしてきて。その映像はみんなで見たいから」
「分かりました」
染谷さんからのお願い二つを受けた自分は、倣って送ってた視線を男性部屋から女性部屋へ移す。妙に明るくて、妙に暗い常夜灯の光……今からあの中へ入るのかと、嫌悪感を覚えながら自分はそっと足をその部屋へと進めようとしたその時、ビクビクと怖がっている倉敷が染谷さんに何やら耳打ちをした。
「染谷先輩……」
「なに?」
突如側で始まった会話に自分は思わず足が止まる。
「うん、うん。わかった……」
倉敷の言葉を聞き、頷いた染谷さんは申し訳なさそうにこちらに顔を上げた。
「冴木君ごめんね。もう一つお願いがあるんだけど舞ちゃんのスマホもついでに持ってきてくれない」
「スマホですか……。まあ、いいですよ」
「あ、ついでに私のもね」
「…………はい」
お願いが急に二つから四つに増えてしまった。いや、最後のは〝ついで〟だからお願いどころか何でもない……。
染谷さんの頼み方になにかすっきりとしない気持ちを抱えていると、
「じゃあお願いね。私は先に下におりているから」
と、そう言って倉敷を慰めながら先に螺旋階段を下りていった。
その後ろ姿を一人ホールに残った自分は見送りながら、大きくため息を吐いた。
「はあ……。しょうがない」
長い廊下の先の全開になっている扉の向こう側に目をやる。常夜灯が漏れている部屋、先ほども思ったが中はいやに薄明るくて不気味だ……。
自分は常夜灯の光を忌避するように見つめながら、躊躇いつつ一歩足を踏み出した。
――ぎい、ぎい。
軋む廊下……ゆっくり、ゆっくりと進みながら自分は想像する。あの部屋には幽霊が待っているかもしれない、ホラー映画のような恐怖のワンシーンが自分の目の前で繰り広げられるかもしれない、と……。
段々部屋に近づくにつれてその想像は膨らんでいく。と、同時に自分の中の恐怖心もどんどん肥大化していった……。




