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「あつい……」
つうっ。と額から一筋の汗が流れ落ちた。
それを拭って、右奥に見える古いサークル棟を見据えながら呟く。
「遠いな……」
専攻している現代社会科学の講義が終わり自分は本校舎の玄関口まで来たが外は7月下旬のうだるような太陽が照りつけていた。それを避けるように今現在玄関の少し突き出た屋根の日陰に身を潜めているが、それでも灼熱地獄のような暑さが体を襲い、じわじわと汗が噴き出してきていた。
その為できれば太陽が隠れたその一瞬にサークル棟へ行きたいと思っていたが……一向に太陽が隠れる気配は無かった。
自分は空に浮かぶ太陽を怨めしそうに見て、落胆してしょうがなく屋根の陰から一歩踏み出した。
「あ~、あっつい」
日の下に出た途端、肌がジリジリするような日差しが襲う。また蝉の騒々しい鳴き声が耳を劈き、それも相まって暑さ、だるさが何倍にも感じられた。
本校舎から正門へと続く、新緑に彩られた通路を自分はまっすぐに行く。
蝉の声が煩いながらもなんとかそこを抜けると、薄いベールを一枚だけ羽織る女性のブロンズ像の後ろ姿が見えてきた。 正門から入ってすぐの所にある噴水に据えられたこのブロンズ像は随分昔のOBが寄付した作品だそうで名前は〈ベールの女〉だそうだ。今ではこの大学のシンボルの一つでもある。
そのブロンズ像が据えられた噴水の広場を右に曲がると、今度はそこからまっすぐに歩く。
歩いて第一研究棟、さらには最近できた第三文化サークル棟も通り過ぎる。
「いいな」
真新しいサークル棟に羨望の目を送りながら、自分はその隣の建てられている年季の入ったサークル棟へと入っていった。
先程の真新しい第三文化サークル棟の隣に建てられているこの建物は第一文化サークル棟だ。第二文化サークル棟は第一のさらに奥に建てられているのだが、どうして第三、第一、第二という順になっているかというと第三サークル棟を建てる際の敷地の問題で第二文化サークル棟の隣に建てられなかったみたいだ。
しかし、これ見よがしに古い第一文化サークル棟の隣に建てられた第三文化サークル棟を第一文化サークル棟のみんなは良く思うはずも無く「欠陥であれ」や「壊れてしまえばいいのに」とよく口々にしていた。
じんわりと濡れた汗をバックから取り出したタオルで拭いて目の前の階段を上がっていく。最中、塗料割れが原因と思われる小さなヒビや大きなヒビがいたるところに入っている。そのヒビは少しばかり不安を煽るが、これが築二十年以上経っている第一文化サークル棟の〝皺〟と言えるのだろう。そんな〝皺〟を少しだけ気にしながら階段を上がっていき、二階、三階と最上階まで来ると最上階の最奥の部屋へ向かった。
「やっと着いた……」
年季のある木製の扉、プレートが釘で打ち付けられていてそこには【怪奇現象研究サークル】と書かれていた。
……そう、ここが自分の所属しているサークルだ。
通称、怪研と呼ばれているこのサークルは大学の最古参のサークルの一つで、活動は読んで字の如く心霊現象、宇宙人、超能力、更には妖怪といった、現代科学では完全に解明されていない不可思議な現象や生き物の実態を究明、記録していくといったものだ。過去のオカルトブームでは部員数が数十名を超えた事もあり、それなりに心霊現象や超常現象を撮影出来ていたらしいのだが、昨今の科学の発展と人間の意識の変化から撮影する事も難しくなり部員数も自分を含めたたったの四名になってしまった……。
栄華を極めた怪研は今や、サークルの生存競争の下位に位置する存在となってしまっているのだ。
「……はぁ」
自分は小さくため息を吐いて、そしてその怪研の扉を開けた。




