1-8
しとしとと降っていた雨がさらに強くなってきた昼過ぎ――。
買い物に向かった染谷さんと倉敷を見送り現在、紅葉荘には速水と自分の二人だけが残されていた。
「…………」
「…………」
男同士、特に会話もなく刻々と静かな時間が過ぎてゆく……。
今やっているバラエティ番組もあまり面白くもなく、くすりとも笑わぬその空気は正に氷のように凍てついていた。
そんな空気の中、寝転んでテレビを見ていた速水はおもむろに立ち上がった。
「どうした?」
すると速水は怠そうに答えた。
「……上で寝てくるわ」
そうして速水はあくびを残して螺旋階段を上がっていった。
しんとするリビング……。
ただでさえ静かだったリビングは速水がいなくなったことで寂しさは増し、まるで自分以外の生命が途絶えたような感じだった。虚しく流れるテレビの笑い声が一人残された自分をあざ笑っているように聞こえた……。
時間が経過した――。
自分は窓を開けて外の様子を見ながら久しぶりに口を開く。
「まだ帰ってこないのか……」
未だ染谷さんと倉敷は帰ってこない。いい加減帰ってきて、この寂しい空気を払って欲しいものだが……耳を澄ましてもばちばちという雨の音だけで、車のエンジン音一つこの別荘に聞こえてきてはこなかった。
小さくため息を吐きながら窓を閉め、今度は二階を見つめた。
二階に寝に行った速水もあれから音沙汰ない。速水は言葉通り本当に寝てしまったのだろうか。そうしたら速水が起きてくるまでこの一階でジッとしているしか他ないだろう……。
染谷さん倉敷は来ず、速水は声を掛けることはできず手詰まりだ。
寂しさを紛らわすように流していたバラエティ番組も終わり自分はテレビを消すと、つまらなそうにソファに体を預け天井の一点を見つめた。
「…………」
無言で天井を見つめたまま自分はファミレスで聞いた噂話を思い出す。
何で火事が起こったんだろう?
何で逃げられなかったんだろう?
そして、彷徨っている幽霊は誰なのだろう?
この紅葉荘――正しくは紅葉荘が建つ前の別荘――で起きた悲惨な事件についての疑問がふわふわと出てくる。自分は当時の別荘の状況や人物の心境を妄想して火事に至った原因を考えていたら突然、
ガチャン!
と、心臓が飛び出るぐらいの大きな音が鳴った。
心臓が飛び上がると同時に自分もバッと立ち上がって音がした方向に目を向ける。
その音のした方向は――二階ホールだった。
「なんだ、今の……」
恐る恐る二階を見ながらも、なんの音か気になり自分は螺旋階段を上がっていく。ぎしり、ぎしりと階段が軋むにつれて、自分の心も恐怖で軋んでいく……。何とかそれに耐えながら螺旋階段を上がりきった時、その音の正体を自分は理解した。
「カメラが落ちた音、か……」
目の前には三脚ごと一緒に床に落ちてしまったビデオカメラが。どうやら三脚の一本の脚の固定が不十分だったらしく伸ばした脚の長さが元に縮んでしまい、それでビデオカメラごと床に落ちてしまったらしい。
ガチャ、と螺旋階段を上がって左の部屋の扉が開く。
「うるせぇな……。何の音だ?」
ビデオカメラが落ちた音で寝ていた速水が起きてしまったみたいだ。
不機嫌そうに足音を立ててホールに来ると無様に横に伏すビデオカメラ見て速水は苦言を呈す。
「冴木、お前ちゃんとネジを固定していなかったのかよ」
「したはずだけどな……」
ここに設置したのはまだ一時間前、設置した記憶も感覚も覚えているから問題ないと自負しているのだが……。
不可思議に首を傾げていると速水は少しイラついた様子で尋ねる。
「じゃあなんで倒れたんだよ?」
「さあ?」
自分は全く分からないと肩を竦めると倒れた原因をじっと考える。
まず一つ目に速水の言う通りネジの絞まりゆるかった可能性、これは十分にありうる。しかしそう考えた場合何故その場で倒れなかったのかという疑問も残る。二つ目の可能性は〝風〟だが……これはありえないだろう。何故なら外は結構な雨で窓など開けていないから。そして最後の可能性、それは――。
「おい!」
速水の声で深い思考の底から現実に引き戻された。
「な、なに?」
「倒れたビデオカメラ、ちゃんと設置し直せよ。俺はもう下に行くからな」
「ああ、分かった」
「三脚のネジちゃんと閉めろよ」
「分かっているって」
しかし速水にはその言葉が信用ならないのか、いかにも怪しんだ顔をしてこちらを見ながら螺旋階段を下りていった。
速水が一階に下りたのを見送って、小さくため息を吐いた。
「全く……あんなに強く言わなくてもいいのに。しかし、本当になんで倒れたんだろう……」
結局なんで倒れたのか分からない。だが倒れた理由は多分ネジの絞まりがゆるかったのだろう。と、そう一人で納得しながら自分は折りたたまれた三脚の脚をもう一度伸ばし、今度はネジをしっかりと厳重に閉めた。




