4-2
「電話してきたよ~」
染谷さんがスマホを見せつけながらこの場の二人に告げる。と、そこで染谷さんは一人いなくなっている事に気が付いた。
「あれっ? 速水君は?」
「先に帰りましたよ」
「ああ、そうなんだ……。先に帰っちゃんだ」
染谷さんは自分の報告を受けながらも少し寂しそうな様子で席に座った。
しんみりした空気が一瞬流れて――。
「で、染谷さん予約……」
自分はまだ聞いていない予約状況がどうだったかを聞こうとしたその時、不意に視線を感じた。そっと視線の元を辿る――と、倉敷が〝お願いします!〟と訴えかけるように視線をこちらに送っていた。つい先ほど便宜を図ると決めた手前、この訴えかける眼差しには必ず答えなければならない……。
自分は出しかけた言葉を呑み込み、染谷さんに倉敷の気持ちを代弁する。
「染谷さん、倉敷はやっぱり別荘に行きたくないみたいです。今からでも行かない事は出来ますか?」
「染谷先輩どうですか?」
畳みかけるように倉敷も後に続いて伝える。すると染谷さんは本当に困ったように喉の奥から声を出した。
「え~、そうなの~?」
「やっぱり今からは難しいですか?」
倉敷の代わりに聞くと、染谷さんは険しい顔で頷く。
「うん。もう予約しちゃったし、そもそも〈紅葉荘〉に泊まれるのは最低でも四人からだから舞ちゃんがキャンセルしちゃうと私達全員キャンセルしないといけなくなるの。そしたらまたどこに行くか始めから考えなきゃいけないよ……」
「他にいい場所はないんですか?」
「全然見当がつかない……。というか、そもそもすぐ行けて長期滞在できる〈紅葉荘〉より、いい場所なんてないと思う。奇跡的に空いていたけど、もしキャンセルしたら多分もう行けないと思う」
「そうですか……。倉敷、どうする?」
便宜を図るのもここまでが精一杯だと判断した自分は振り返り、最終的に決定を倉敷自身に任せる。
「…………」
倉敷は考え込んだように俯き、そして顔を上げると悲しそうな声で答える。
「行くしかないじゃないですか……」
「じゃあキャンセルなしでいいね」
「…………はい」
染谷さんの言葉に倉敷は渋々頷くと「ああぁ」と大きな呻きを上げながら机に突っ伏してしまった。
力になれなかった事に対して自分は申し訳なく謝りたいと思ったが、絶望に突っ伏す倉敷に声を掛けられず仕方なく今は染谷さんに顔を向ける。
「それで〈紅葉荘〉にはいつ行くんですか? あとどれぐらい泊まるんですか?」
「行くのは8月1日から。それだったらみんな確実に夏休みに入っているからね。あと泊まる日数の方だけど、怪研の存続が掛かっているから借りられる最大日数の7泊8日にしておいた」
「一週間、つまり帰りは8月8日の朝という事ですか」
自分は目の前のアトランティスを手に取り例のページを懐疑的な目で見る。
「……撮影できますかね?」
怪研に所属してから一度も心霊現象の撮影を試みたことは無い。だから本当に一週間で幽霊が撮れるかどうか分からない……。
いや、そもそも紅葉荘に幽霊がいるのかさえも分からない……。
えも言われぬ不安が自分の心を支配しようとしたその時、染谷さんはそんな不安を一蹴するように笑みをこぼしながら肩を竦めた。
「さあ? まあそこは信じるしかないんじゃない?」
まるで未来なんて知るかと言わんばかりのマイペースな染谷さんに、未来ばかり考えていた自分がばかばかしくなってきた。
染谷さんにつられるように自分も頬を緩めて笑った。
「そうですね。信じるしかないですね」




