4-1
速水がいなくなって数分――。
冷静さを取り戻した倉敷は先輩に対して明らかに配慮に欠ける言動をしてしまった事に罪悪感、恐怖心を覚えたのか震える声で話しかけてきた。
「だ、大丈夫ですかね速水先輩……。私、謝ってきた方が……」
「大丈夫。時間が空けばまたいつもの速水に戻るから」
倉敷よりも少しだけ速水と怪研で共に過ごしてきたから分かるが、速水はあのがたいから豪放磊落な性格に見えて意外に繊細だ。だから機嫌悪くして帰ろうとしている所に倉敷が行って謝ってしまうと余計に話がこじれる可能性がある。だから少しの時間を空けていつもの速水に戻すとして、それよりも今は倉敷についてとても気になることがあった。
自分は狼狽する倉敷にピシッと告げる。
「それよりも倉敷の方は本当に大丈夫なのか?」
「へ? なにが……」
「だから別荘の方だよ」
「…………」
それを聞いた倉敷はまるで時が止まったかのように動きを止めると、次第に取り返しのつかない言葉を言ってしまった事に絶望に顔を染めてガクガクと体を震え始めた。
「そ、そ、そうだった! ど、どうしよう……私、行くって言っちゃいました! どうしよう!」
「どうしようって言ったって、もう染谷さんはその別荘の予約を取りに電話しに行ったよ」
「そ、そんな……」
恐怖に震える倉敷を見て呆れて自分は一言。
「そんな怖いんだったら言わなきゃよかったのに」
「だって、速水先輩が変な事を言うんですもん……」
確かに速水が焚きつけたからこのような事になってしまったのだろう。とはいえ、それに乗っかってしまった倉敷にも責任はある。だから自分は積極的に倉敷を助けようとは思わなかった。
「どうしよう……どうしたらいいんだろう……」
困り果てる倉敷は必死に思考を巡らせてどうにかこの危機を回避しようと考える。しかし妙案が浮かばないのか右へ、左へ、頻繁に視線を泳がせていた。
「はあ……しょうがない」
全く以って倉敷の自業自得なのだが、現状の倉敷があまりにも可哀そうなので一応染谷さんに便宜を図ってみることに決めた。自分は呆れたため息を洩らすと、落ち着かせるように優しく話しかける。
「そこまで嫌なら染谷さんに〝行きたくない〟って伝えてみる?」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。でも染谷さんが無理って言ったら無理だからね」
「それでも、可能性が一ミリでもあるならお願いします!」
先程まで困り果てていたなかで見えた一途の希望、倉敷はそれに縋りつくように長机に身を乗りだして頭を下げた。
尋常じゃない喜び様の倉敷に、何としてでも倉敷を行かせないように図らなければという大きな責任と、余計なこと言わなければよかったという小さな後悔を感じながら自分は滅入るように返事をした。
「……あんまり期待するなよ」
「はい」
そう言ってくりくりの目を輝かせて倉敷が席に戻ったと同時に、年季の入った木製の扉が開いた。




