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「え……舞ちゃん行きたくないの?」
驚き覚めやらぬ中、染谷さんは半信半疑の様子で倉敷に聞く。すると倉敷は心の叫びを表に出したからかとても疲弊したように頷く。
「……そう、じゃあその理由を教えてくれる」
倉敷は速水を見て躊躇いつつ、その小さな声でゆっくりと喋り始めた。
「私、怖いんです」
「怖い? 舞ちゃんが?」
いつも幽霊がいると公言している倉敷から出た、ありえない一言に染谷さんはとても困惑する。
「はい……。真夜中の廊下とか木目の顔とか見るだけで背筋が震えますし、寝るときも音楽聞いて周りの音が聞こえないようにしてから寝ます……。だからそれぐらい私は怖がりなんです」
「そう……なんだ」
染谷さんは倉敷の告白を受け止めると同時にある疑問が浮かんだ。
「でも、そうしたらよくあんな怖いDVDを見ていられるね?」
「あれは冴木先輩がいるからです……。誰かと一緒に話しながら見るから大丈夫なんです」
「なるほどね……」
染谷さんは一瞬こちらを見てから、再び倉敷視線を戻した。
「じゃあどうする? 舞ちゃんは〈紅葉荘〉に行くの止めとく?」
倉敷はコクン、と頷いた。
「本当に幽霊がいる別荘に行くなんて……私には無理……」
その時、その倉敷の言葉を遮るように速水が言葉を発した。
「はっ! 幽霊を信じている奴がまさか幽霊が怖いとはまさにお笑い種だな」
「なっ……」
その言葉にさっきまでずっと弱気だった倉敷に何かのスイッチが入ったかのように青白かった顔は段々と赤くなっていき、生気のなかった顔は今やすぐにでも爆発しそうな真っ赤な膨れっ面になった。倉敷は速水を睨みつけながら金糸雀が鳴くようなで金切り声で反抗する。
「何ですか! 別に笑い事じゃないでしょ!」
「いいや笑い事だな、こんな別荘にも行けないなんて。おれがこの別荘に行ったあかつきには『幽霊なんて曖昧なものは嘘っぱちで、この世の中に絶対に存在しない』って報告しとくわ」
速水はワザと挑発するように言葉を強調する。
すると倉敷は机に乗り上げんばかりの勢いで速水に向けて言い放つ。
「そんな横暴は私が絶対にさせません!」
「じゃあ来いよ」
「行ってやりますよ!」
さっきまでの弱っていたはずの倉敷はどこへ行ったのやら。今はいつもの速水とケンカをする倉敷に戻ってしまっていた。
目の前で突然態度を変えて「行ってやる」と豪語する倉敷に染谷さんは戸惑いを隠せない。
「え、舞ちゃん行くの?」
「ええ!」
さっきの小さな声が嘘のように倉敷はハキハキした声で答える。
「ここでもういい加減な速水先輩とは決着をつけたいと思います」
「ああ、そう……」
戸惑ったままの染谷さんはこちらを振り向き心配を吐露する。
「冴木君、大丈夫だと思う?」
「大丈夫じゃないんですか」
売り言葉に買い言葉でほぼ何も考えずに倉敷は行く事を決めてしまったみたいだが、倉敷を一人置いていくよりかはみんなで行った方がサークル活動らしいからむしろよかったなと自分は思った。それにしても速水はこうなる事を見越して倉敷を挑発したのだろうか? 詳しい心情は分からないが隣で倉敷と対峙している速水の顔は妙に楽しげに、頬が緩まっていた。
「まあなら、これで行くとこは決まったね。私はこれからこの〈紅葉荘〉が夏休み空いているかどうか今から聞いてみるから少し席を外すね」
「分かりました」
「じゃあ後はてきとうに何かしておいてね」
そう言って染谷さんはスマホを片手にこの怪研から退出した。




