3-1
しばらく経った。
未だ二人はよく分からない専門的な知識で互いの論に反論している。
いい加減隣で聞いているのも飽き飽きしてきたその時、
――ギイッ。
と、扉が開いた。
「みんな~。おはよう~」
柔和で、伸びのある声が怪研のサークル室に響き渡った。
その声に自分も、ケンカしていた二人も振り返る。すると扉の前には肩まで伸びている艶のある黒髪の、端整な顔立ちをした少し切れ目のスレンダーな女性が立っていた。白シャツとジーンズ姿のその女性はまるで雑誌に出てくるモデルのようで正に倉敷が望む大人の女性……なのだが、本人曰くそれはただ単に服選びが面倒臭いかららしく、そのずぼらさを象徴するように右側頭部の髪が一か所ふわりと寝癖で跳ねていた……。
そう、彼女こそこのサークルの部長の染谷涼子だ。
学年は自分や速水より一つ上の三年生で、もう就職に向けての様々な準備をしている時期の筈なのだが、サークルに顔を良く出すのでどうにもそこら辺どうなっているのか分からない……。
ただ分かっているのは頻繁にこのサークルに顔を出しに来てくれるという事と、服を選ぶのが面倒でシャツとジーンズの組み合わせしか着ないと豪語する程にずぼらな事、そしてここにいる誰よりも明るくマイペースな人だということだった。
「……どうしたの?」
挨拶が返ってこない、静まり返っている状況に染谷さんは不審に思い全員を一瞥する。そして速水と倉敷が睨み合っているのを見てすぐに把握した。
「二人とも、またケンカしているの? あまり冴木君を困らせないの」
染谷さんの注意にさっきまで強気だった速水はバツ悪そうに顔を背け、感情昂らせていた倉敷は俯いた。
反省しながらゆっくりと静かに項垂れる二人の様子に普段からこう大人しく従って欲しいものだと呆れ果てていたら染谷さんが尋ねてきた。
「冴木君。二人のケンカの原因はなに? この前みたいにドッペルゲンガー? それともフライング・ヒューマノイド?」
それらすべてに首を振り、さき程仕舞っておいたDVDのケースを見せる。
「……これですよ」
染谷さんはそれを見て、すぐに理解した。
「ああ……」
染谷さんはまたか、と顔で二人を見ながら空いている倉敷の隣の席に座った。
「それが原因じゃ二人がケンカする理由も分かるけどさ、二人とも毎回言うようにどうにかして抑えないといけないよ。ケンカ声がうるさいってクレームが毎回隣の写真映像部から来ているんだよ」
クレームが来ている事が初耳だったのか速水と倉敷は「えっ!」と驚いた。
「そうだったんですか? 初めて知りましたけど……」
「そりゃあ今初めて言ったからね。舞ちゃん、これ読んでいい?」
驚く倉敷に染谷さんはあっけらかんと言いながら、ふいに目についた倉敷の側に置いてある〈月刊アトランティス〉を手に取った。
「え、ええ……。どうぞ」
染谷さんの言動に呆気にとられながらも倉敷は頷いた。
「毎回って事は、クレームは前にもあったんですよね。なんで言わなかったんですか?」
その速水の質問に染谷さんは読む手を止め、ぼけっと答えた。
「言う必要が無かったからかな?」
「言う必要なかった、ですか……」
特に理由がないんだと知った速水は染谷さんの答えに理解できなさそうに首を傾げながら、ただその答えを受け入れる事しかできなかった。




